ハーデスには心の底から感謝しているし、彼に対する忠誠心には どんな曇りもない。 だが、瞬は、彼を完全には理解できていなかった。 人が一人の人間を完全に理解することさえ至難の技だというのに、ハーデスは神なのである。 瞬は、自分がハーデスを理解できなくても、それは致し方のないこと、むしろ当然のこととさえ思っていた。 これまでは。 だが、今、彼の国に攻め込むと脅している者を不用意に この城に招き入れ、あまつさえ、 「あの者は そなたに何か言ってきたか」 と、笑みさえ浮かべて尋ねてくるハーデスに、瞬は彼の底意が読めないことへの もどかしさを覚えないわけにはいかなかったのである。 アテナイの氷河は、この国と この国の王に害意を抱いている――少なくとも好意は抱いていない――ことは、ハーデスも承知しているはずなのに。 「ハーデス様、酔狂は おやめください。彼は おそらく、わざと僕に負けたんです。この城に自然に入り込むために」 「そなたの可愛らしい姿に目が眩んだか、油断したか――確かに、本気を出しているようではなかったな。あの者に何か言われたのか」 「1ヶ月前に行方不明になった同胞を捜しているというようなことを言っていました。あの熱意と固執は――彼が捜しているのは、もしかしたら彼の恋人なのかもしれない」 「ほう。あの男の恋人なら、さぞかし美しい者なのに違いない。ぜひ会ってみたいものだ」 「……」 それがどうやら自分に瓜二つの人間らしいとは、瞬も さすがにハーデスに言上することができなかった。 気まずい気持ちになり、瞬が ハーデスの前で顔を伏せる。 そんな瞬に、ハーデスは意味ありげな視線を向けてきた。 「あの者の世話は そなたに任せる。余の名誉にかけて、あの者の側に あの者の美貌に見劣りする者は置きたくない」 「ハーデス様……」 ハーデスが そんな考えでいるのなら――恥を忍んで(?)、アテナイの氷河の恋人が自分に似ているらしいことをハーデスに知らせれば、自分は 氷河の世話係の役から外してもらえるだろうかと、瞬は思ったのである。 そうすれば 自分は、氷河の あの熱くて冷たい眼差しに さらされずに済むようになり、不安まじりの胸騒ぎから解放されることになるだろうかと。 が、ハーデスのことである。 逆に、ならばなおさら氷河の側で彼の動向を探るようにと言い出す可能性も ないではない。 結局、瞬は、自分が氷河の捜し人に似ているらしいということを、ハーデスに告げることはできなかった。 |