いじめというものには、意識して行なう場合と、無意識に起こした行動が、結果として いじめと呼ばれる行為になってしまう場合の二通りがあると思う。 命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間という意識が(かろうじて)あるのか、氷河のいじめは、どちらかといえば後者のようだった。 つまり、俺をいじめてやろうという確固たる意思をもって俺をいじめているわけではなく、俺の姿を見るだけで勝手に奴の小宇宙が燃え上がり、結果として、それが俺への攻撃になってしまうというパターンだ。 そうはいっても、己れの無意識の攻撃を 意識して止めようとはしないんだから、氷河自身、俺へのいじめは“あえて止める必要のない必罰に当たる自然現象”程度の認識でいるようだったが。 (と、当初、俺は思っていた) 氷河のいじめは、 (1) 俺の姿が氷河の視界に入る。 (2) 自然に氷河の小宇宙が燃え始める。 (3) 危険を感じた俺が身を翻すと、次の瞬間、俺が立っていた場所に氷の棺大の氷柱が出現する。 といった具合いに実行された。 それだけならいいんだ。 それが冬場のことなら、氷河のいじめは誰にとっても大迷惑な行為だったろうが、今は夏。 氷河が城戸邸のあちこちに出現させる氷柱は、図らずもクーラーの役目を果たすことになり、おかげで、氷河のいじめは 空調にかかる城戸邸の使用電力を前年比マイナス100パーセントにするという快挙に貢献することになったのだから。 問題は、氷河が凍りつかせるものが、大気中の水分だけではないということだった。 朝 目覚めた俺が朝食をとりにダイニングルームに行くとする。 城戸邸の朝食は特別な日でない限り、いわゆるイングリッシュ・ブレックファスト。 トーストにミルクティ、ベーコン、卵料理、ソーセージ、プティングにサラダというのが基本メニューだ。 飲み物は季節や個々人の好みによって変えることができ、大抵は、氷河がコーヒー、瞬がフルーツジュース、星矢がスポーツドリンクか水、俺が烏龍茶。 ミルクティのない朝食を はたしてイングリッシュ・ブレックファストと呼んでいいのかどうかということには少々疑念が残るが、そんなことは この際どうでもいいことだ。 問題は、氷河のいじめが始まってから、俺が飲食しようとするものが ことごとく凍ってしまうようになったということ。 つまり、俺が朝食を食えなくなったということだ。 もちろん、それは昼食、夕食も同様。 氷河の目の届かないところに食事を運べばいいのだということに、まもなく俺は気付いたんだが、いじめ初日には動転して そんな当たりまえのことにも思い至らず、俺はその日の三食をコンビニの おかかおにぎりを店の前で頬張って済ませるという悲惨を経験することになった。 昔、フリギアの王だったミダスは、彼が触れる物すべてを黄金にしてほしいとディオニソスに頼み、おかげで飢え死にしかける羽目になったというが、その時の俺の気分は まさにミダス王。 すべてが金になるのなら、龍座の聖衣を黄金聖衣にするという愉快な真似もできただろうが、聖衣を永久氷壁の中に封印されてしまっては、俺は おまんまの食い上げだ。 いや、食い物や聖衣だけなら まだいい。 氷河が俺へのいじめを開始して3日目の午後、俺に温かいお茶の入ったカップを手渡そうとした瞬までを、氷河は危うく凍りつかせるところだったんだ。 その時、俺は、氷河のいじめが意図的なものではなく、本当に無意識のうちに為されているものだったことを知った。 氷河は完全に理性を失っていた。 奴は、自分で自分の小宇宙を制御できなくなっているようだった。 |