翌日、氷河の領国であるカルディツァに達したアテナイの先発隊が最初にしたことは、野外宿営のための陣屋を設営することだった。
アテナイの兵は続々と到着し、人口5万の小国カルディツァを、アテナイの5万の兵が取り囲んでいく。
その兵の展開は、どう考えても、戦闘のためのものではなく、脅しのための布陣だった。
アテナイの王は、氷河が戦わずに降伏してくることを期待している――戦うことなく降伏してくるものと決めつけているようだった。
普通に考えれば、そうするしかなかっただろう。
逃亡もならない この状況では、武器を捨て降伏するしか。
だが、
「アテナイの王の陣屋に行く」
という氷河の言葉に(実際は、瞬に言わせられたのだが)、星矢は正面から反対してきた。

「そんな必要ないだろ! おまえの考えはわかってる。ギリシャを争いのない世界にするために、これを最後の戦いにしようってんだろ。この戦いは、ギリシャに平和をもたらすための前夜祭みたいなもんだ。それは行なわれなきゃならない。俺たちも付き合うさ。せいぜい派手に戦って、死んでやる。おまえがアテナイの陣に行って何になるんだよ。それで、おまえ一人が殺されて? それじゃあ駄目だ。次に続かないだろ。今は、派手な祭りが必要なんだよ」
「ここに残ったのは、俺たちの旗揚げの頃からの仲間たちがほとんどだ。願っているのは、戦乱のない世。自分たちが生き永らえることでも 富でも栄達でもない。アテナイの王が俺たちの願いを叶えてくれるというのなら、俺たちは喜んで祭りの花火になる。おまえがすべきなのは、無事に瞬の身がアテナイの王の手に渡るよう手配することだ。……つらいだろうが」

星矢と紫龍は、自分たちの命を奪おうとしている者を 名実共にギリシャの覇王として印象づけるための犠牲になろうとしている。
すべては、ギリシャを 強大な王の下に統一された、争いのない世界にするために。
意地や諦観のためではなく、平和な世界の実現という夢のために。

彼等を知るために、彼等を守るために、自分はここに来たのだと、瞬は今 はっきりとわかったような気がしたのである。
だから――。
「大丈夫。星矢や紫龍の心は無駄にしないから。アテナイに氷河は殺させないから」
瞬は そう言って、自分と氷河がアテナイの王の許に赴くことを、星矢と紫龍に承知させたのだった。






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