昼餐には遅く夕餐には早い 中途半端な時刻、ヒョウガがシュンと食堂に下りていこうとすると、階段の下では家令や小間使いたちが勢揃いで 領主夫妻の登場を待ち構えていた。
いったい何事なのかと、その場に立ち止まったヒョウガとシュンに向かって、どう考えても練習していたのだとしか思えないほど揃った声で、彼等が祝辞を述べてくる。
「おめでとうございます。旦那様、奥方様」
自分が何を祝われているのか、シュンは すぐには理解できなかったらしい。
やがて理解し、シュンは その頬を真っ赤に染め、落ち着かない様子で幾度も瞬きを繰り返し、最後に その顔をヒョウガの胸に埋めてしまった。

ヒョウガは本音を言えば、そのままシュンを抱きしめていたかったのである。
だが、シュンのために心を鬼にして、ヒョウガはシュンの肩を自分の胸から引きはがし、城の者たちの方に向き直らせた。
「皆が俺とおまえの成婚を祝ってくれているんだ。ここにいる者たちは皆、おまえの幸せを願い喜んでくれている。シュン、礼を言って」
「あ……」
愛されたい人に愛されず、優しくしてもらいたい人に優しくしてもらえなかったシュンには、彼等の――大勢の者たちからの愛情と優しさが思いがけなく、そして嬉しかったのだろう。
シュンは、彼等の愛情と優しさを軽々しいものとは受けとらなかった。
ヒョウガに礼を言うように言われると、頬を真っ赤に染めたまま、シュンは、
「どうも あ……ありがとうございます。あの……ご心配かけていたのなら ごめんなさい」
と、領主夫人が その使用人たちに対するにしては丁寧すぎるほど丁寧に彼等に礼を言い、そして ぺこりと頭を下げたのだった。

ヒョウガは彼等に祝い金を配り、その日 サン・ルーの城は遅くまで祝賀の空気に満たされていた。
もっとも、若い領主夫妻の時間のかかった成婚を 最初は微笑ましげに見詰めていた城の者たちも、その日以降、ヒョウガが連日連夜奮戦に及ぶのに、さすがに呆れた顔を見せるようになったのだが。


フランス国王13世の王妃アンヌ・ドートリッシュの懐妊が発表になったのは、それから間もなくのことだった。
翌年9月に王子が誕生。
成婚から23年目に、ついに生まれたフランス王国の世嗣。
フランス国内のみならず欧州全土のすべての者たちに“奇蹟の子”“神の賜物”と呼ばれた、のちの太陽王ルイ14世である。






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