フレアのところから戻ってきた仲間たちの態度を見て、瞬は、仲間たちに“本当のこと”を知られてしまったことを薄々察していたようだった。
日本に帰国すると、瞬は、仲間に“本当のこと”を問い詰められることにも、“本当のこと”に触れられないことにも耐え難いというような様子で、自分から“本当のこと”に言及してきた。

「あの時 僕は、逃げようと思えば逃げられたと思う。でも、氷河だったから……。でも、氷河じゃないのに、それが氷河じゃないってわかってたのに――まるで姿が氷河だったら、それでよかったみたいで、言えなかったの。誰にも――星矢にも紫龍にも氷河にも……」
「……」
その良心を発動させ、罪悪感を感じるポイントは、人それぞれである。
瞬の懺悔じみた告白を聞いた星矢と紫龍は、つくづく そう思った。
瞬が沈黙を守っていたのは、氷河を責めないだめではなく――瞬は、氷河を責めることなど思いもよらず、それどころか自分自身を責めていたのだ。
今は、だが、人の良心や罪悪感について論じている時ではない。
瞬のその告白は、懺悔であると同時に、非常に重大な意味を有する、まさに“告白”だったのだ。

「そ……それってさ……」
氷河だったから逃げなかったと、瞬は言っている。
それは、つまり、氷河にならそういうことをされてもいいと 瞬は思っていた――ということだろう。
ならば話は早いとばかりに、星矢は気負い込んで まくし立て始めた。
「それはさ! それは仕方ないことだろ。実際、姿は氷河だったんだから。おまえは、氷河を傷付けられないって思ったんだろ。ミッドガルドは氷河だったんだ。氷河だって――氷河はほんとはノーマルなんだぜ。おまえだから特別だって言ってた。おまえだから、そんなことしたんだよ。ミッドガルドの中に氷河の心が残ってたから。おまえだって、そう感じたから、氷河に――その……色々されても逆らえなかったんだろ!」

瞬がミッドガルドの行為を恨んでおらず、それどころか氷河を好きだというのなら、問題は一瞬で解決する。
あとは、瞬が覚悟を決めて、もう一度 氷河の前に脚を開いてやればいいだけ。
星矢は、そう思ったのである。
かなり明るく、そして軽く、心身に希望の息吹を満ち満ちさせて、そう思った。
だが、瞬は そんな星矢に力ない笑みを返しただけで――星矢の期待に反し、その瞬間から再び、以前より深い沈黙の中に沈み込んでいってしまったのだった。


以前より深まった瞬の沈黙。
それは、瞬の仲間たちの気分までを沈鬱なものにした。
それだけならまだしも、星矢たちの帰国から数日後、今回も(当然のことだが)どんな収穫も手にせず日本に戻ってきた氷河が、瞬に向かって、疲れたような口調で、
「俺はおまえが好きだった。俺は おまえを見ているだけで幸福になれた頃に戻りたい」
と言っているのを、星矢は聞いてしまったのである。
もう瞬との恋は終わったように、氷河はそう言った。
二人の恋は まだ始まってもいなかったのに。

「時間は未来に向かってしか流れない。過去を変えられたらいいのにね……」
瞬は、氷河に 寂しそうに微笑んで そう言っただけだった。






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