「あー、じれったい! あの二人、好き合ってるんだぜ! なのに、なんでこんな ややこしいことになるんだよ! 俺はさ、俺は、こういう どっちつかずの宙ぶらりんの はっきりしないのって、見てて いらいらするんだよ! ったく、なんで こんな時に限って、敵さんが来てくれないんだ! 敵襲ってのは、こういう時にこそ あるべきだろ! 思い切り暴れられたら、この もやもや気分も すっきりするかもしれないのに!」

星矢の第一希望は、もちろんドルバル復活だった。
最初にドルバルを倒した時、星矢は、実るはずだった氷河と瞬の恋を 彼が滅茶苦茶にしてくれたことを知らずにいた。
ハーデスでもエリスでもルシファーでも誰でもいいから誰かが ドルバルを復活させてくれたなら、仲間の恋の恨みを晴らすため、あの ふてぶてしい戦う壮年男を 心ゆくまで殴り倒し 蹴り倒してやるのに、こんな時に限って邪神たちは昼寝を決め込んでいるらしい。
神々の怠惰に、星矢の不満は爆発寸前だった。

「おまえの気分がすっきりしても、問題は解決しないだろう」
「それはそれ、これはこれだよ。あー、いらいらする! ドルバル復活なんて贅沢は言わねーからさ、なあ、紫龍、いっそ おまえでもいいや。おまえ、誰かに洗脳でもされて、地上支配でも目論んで アテナに反逆でもかましてくれねーか? そしたら俺、アテナのために思いっきり暴れてやるからよ!」
「おい。おまえの気分をすっきりさせるために、俺に氷河の二の舞を強いる気か」

星矢はかなり煮詰まっているらしい。
無茶なことを言い募る星矢を、紫龍は 呆れた顔でたしなめた。
とはいえ、どんな敵が相手でもいいから、ひと暴れして鬱積した思いを晴らしたい、あるいは、いっ時でも この解決の難しい事態を忘れたいという希望は、実は 紫龍の中にも少なからず存在していたのである。
それほどに――他に憂さ晴らしの機会を求めずにはいられないほどに――事態は膠着していた。


星矢と紫龍の希望が叶ったのは、彼等がアスガルドから帰国して半月後。
敵は復活成ったドルバルではなく、洗脳された紫龍でもなく、ごく普通のお客様レベル。
しかも、彼等が出現したのは聖域ではなく城戸邸。
アテナが聖域に出向いていて、青銅聖闘士たちが のんびりと留守を守っていた城戸邸だった。
それでも 星矢たちにとっては、有難くも貴重な飛んで火に入るお客様である。
アテナに危害を加えられる心配もなかったので、星矢と紫龍(と瞬)は、思う存分 彼等(50人ほどの団体客だった)を もてなしてやった。
戦闘力という点では少々 物足りない客ではあったが、それで星矢と紫龍の鬱憤は 僅かとはいえ、そして一時的にとはいえ、それなりに晴れたのである。

問題は、聖域の雑兵レベルの戦闘力しか有していなかった客人たちが、方々に火炎瓶の類を投じながら城戸邸に乱入してきたこと。
そのために生前の城戸翁が大切にしていた蘭栽培のための温室が消失してしまったこと。
そして、燃え盛る炎に対して最も有効な対抗技を持つ氷河が、まさに その日、アスガルドに向かって発ち、城戸邸にいなかったことだった。

「お祖父様の温室が全焼したんですって !? なぜ、そんなことがありえるの! ちんけな火炎瓶の火くらい、ダイヤモンドダストで一瞬で凍りつかせることができたはずでしょう!」
誰も声に出して言うことはできないが、ジジコンの噂も高い女神アテナが、城戸翁との思い出のある温室消失報告を受けて激怒したのは、必然にして当然、そして致し方のないことだった――かもしれない。
すべてが終わってから のこのこと城戸邸に戻ってきた氷河に、沙織は、ダイヤモンドダストどころかオーロラエクスキューションの力をもってしても消すことは不可能と思えるほどの烈火の怒りをぶつけていったのである。

「罪滅ぼしか、懺悔のためか、巡礼のつもりなのかは知らないけど、瞬から逃げてアスガルドを ふらふらしている暇があったら、瞬に土下座して許しを乞えばいいでしょう! 肝心の時に戦えない聖闘士のために、私はあなたの生活全般の面倒を見ているわけじゃないわ! アスガルドへの旅費だって、こう たびたびじゃ馬鹿にならないのよ! わかっているの!」
「瞬に許し? それはどういうことです?」
氷河は、もちろん何もわかっていなかった。
自分のアスガルドへの旅費の総額がどれほどの額に上っているのかということも、それがグラード財団総帥にとって本当に馬鹿にならない額なのかということも、自分が土下座して瞬に許しを請わなければならない罪を犯したのだということとも。

「え?」
思わぬ反問に、沙織が瞳を見開く。
そうしてから 彼女は、己れの罪を自覚していない(ように見える) 氷雪の聖闘士を まじまじと見詰め、尋ねることになった。
「あなた、自分が瞬に……その、ひどいことをしたので、贖罪の巡礼者を気取って、旅に出ていたんじゃなかったの? 瞬に直接謝ることもできないなんて 根性が足りなさすぎると、私は思っていたのよ。いえ、一生 瞬に許されない覚悟を決めたというのなら、それは つらい決意だろうとも思っていたけど……」

「瞬にひどいこと……? 俺が?」
「沙織さん、やめてっ!」
沙織が その情報を どういう経路で入手したのかはさておいて、瞬が一生 氷河には知らせまいと決めていた重大な秘密を、無責任で粗忽なアテナは いとも軽率かつ鮮やかに、氷河に知らせてしまった。
瞬が蒼白になり、星矢と紫龍が頭を抱え込んでしまった この状況下で、重大な秘匿事項を白日のもとに さらしてしまったアテナだけが、罪の意識もなく、きょとんとしている。
『さすがはアテナ』と言うべきか『これだから神は』と言うべきか。
人間たちが思い悩み、膠着状態に陥っていた事態を、彼女は 良くも悪くも 一瞬でひっくり返してしまったのである。






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