氷河を口説き落とすのに最適の時間と場所といえば、やはり このタイミング、この場所だろう――と、瞬は考えたわけではなかった。
単に、沙織から聖域での騒ぎを知らされたあと、瞬が最初に氷河と二人きりになれたのが、その場所、その時刻だったというだけで。
つまり、夜。そして、氷河のベッドの上である。
ちなみに、氷河はもちろん瞬の上にいた。

「氷河、本当に、あの指輪 ほしくないの?」
瞬は、氷河の愛撫に上の空でいたわけではない。
むしろ、瞬は、いつにもまして注意深く、彼の愛撫を受けとめていたのである。
氷河には あまり愉快でないらしい話を持ち出すタイミングを見計らって。
だが、氷河は それを 瞬の真剣味の足りなさと解したらしい。
彼は 少しむっとして、それから しばし何事かを考え込む素振りを見せた。

おそらく彼が考えたのは、どうすれば瞬を この行為に夢中にさせることができるかどうかということ。
考えて辿り着いた結論は、『瞬に、動かし難い答えを与えるしかない』。
そして、動かし難い答えとは、『どうあっても自分が あの指輪を受け取るわけにはいかない』だったようだった。
氷河は 瞬の首と肩の境目に唇を押し当て、瞬に肩をすくめさせてから、その耳許に低く囁いてきた。
「あれは 一輝にやれ。一輝には おまえの兄としての面子もある。こんなふうに おまえを自分のものにして、その上 勝利を約束する指輪までもらってしまうわけにはいかん」
「でも、兄さんは――ああ……っ!」
瞬の髪に絡んでいた氷河の手が、首筋から胸、胸から腹部へと一気にすべりおりていく。
“動かし難い答え”は 再考の余地も必要もないから動かし難い答えなのである。
氷河の手と指先は そう主張していた。

「おまえ、本当に ここが弱いな」
楽しそうに そう言う氷河に、瞬は恨みがましい目を向けた。
もとい、恨みがましい目を向けようとして できなかった。
氷河に与えられた愛撫の刺激のせいで、瞬は目を開けていることができなくなってしまったのである。
「あ……あ……ひどい。いつもはもっと、あとになってから……」
いつもはもう少し 互いに言葉を交わしていられるだけの理性を瞬に残しておいてくれる氷河が、今夜に限って性急に瞬から理性を奪おうとする。
固く目を閉じたまま――意識と感覚は 氷河の指先の動きに奪われたまま――瞬は なけなしの理性を総動員して氷河を責めた。
が、氷河は、笑って瞬の異議を受け流し、取り合おうともしない。

「ここに触れると、おまえはすぐに溶けてしまうから、いつもは挿入直前にしか触れないことにしているんだが、これ以上 おまえに余計なことを言わせたくないし、考えさせたくないんでな。今夜は――明日以降も」
「ああ……んっ……んっ……ああ!」
「俺は一輝と違って、面子だの見えだの体裁だのより、実利を取る男だ。指輪は一輝にやれ。俺は、おまえが ここに俺を受け入れてくれるだけでいい」
「ああああっ!」

言いたいことがあったはずなのに、それが何だったのかを思い出せない。
たとえ思い出せたとしても、息をすることさえ困難な態勢をとらされ、意味のない喘ぎや嬌声をあげるだけで精一杯の状況下では、そもそも言葉を発することができない。
氷河は、つまり、彼がこうと決めた結論と心を動かすつもりはないのだ。
だから、瞬を口のきけない状況に追い込んでいる。
「ああ……あっ……あっ……あああっ」
氷河を説得して指輪を受け取らせることは不可能。
瞬は、理性や思考ではなく、正しく感覚で、氷河の結論を感じ取ることになったのだった。






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