「この指輪、やっぱり兄さんが受け取ってください」
氷河が駄目なら、兄に頼むしかない。
翌日、瞬は、再び兄の許に赴き、彼に頼んでみたのである。
「おまえは この兄を侮っているのか。おまえの兄が、こんな指輪に頼らなければ戦いに勝つこともできない男だと」
一輝は一輝で――氷河とは違う理由で――やはり 彼の答えを動かそうとはしなかったが。

「僕が そんなこと思うわけがないでしょう。ただ、僕はいつも兄さんに守ってもらっているから、兄さんが戦いで負けを知らずにいられるっていうことは、僕自身を守ることでもあるというだけで――。多分、それが、誰もが納得する選択で結論なんです」
「誰もが納得する選択で結論? それなら、最も力が不安定で、危うい戦い方をする奴にやるのが道理だろう。あの、強いんだか弱いんだか、強運なんだか不運なんだか わからない大馬鹿者に。それが おまえのためでもある」
兄が弟のために そう言ってくれていることは わかるのである。
それは瞬にもわかっていた。
わかってはいたのだが――。

「氷河は僕が守ります」
「おまえ自身が、奴の指輪というわけか」
「兄さんだって、僕が守ります。星矢も紫龍も、みんな僕が守る。そして、僕も みんなに守られる。僕たちはこれまでそんなふうにして戦ってきたでしょう」
「俺たちは 皆が皆の幸運の指輪というわけだ。では結論は一つ。その指輪は 俺たちには無用の長物だということだ」

それはそうなのである。
この指輪は、アテナの聖闘士たちには無用のもの、不要なもの。
アテナの聖闘士たちだけでなく エリスも、それは承知していただろう。
この指輪が、彼女のしもべたちと戦い勝利した青銅聖闘士たちにとって 無用のもの、不要なものなのだということは。
無用のもの、不要なものだからこそ、この指輪がトラブルの元になり得るのだということを。
いずれにしても――兄が幸運の指輪を拒否する理由が、自らの力への自負心と弟への思い遣りだということになると、瞬は それ以上 兄に無理を強いることはできなかった。






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