兄も駄目、氷河も駄目。
言い換えるなら、肉親の情も駄目、恋情も駄目。
となると、瞬が頼れるものは、やはり友情しかないということになる。
瞬は、藁にもすがる思いで、再び星矢と紫龍の許に向かったのだった。

「星矢、紫龍、お願い。この指輪、受け取って。形だけでいいから」
「だからさ、俺は指輪なんて邪魔っけなの。そう言ったろ」
「それは、でも、戦う時に 身につけなければ いいだけのことでしょう」
「んな、使わないもの もらってどーすんだよ」
呪いの指輪でも、幸運を呼ぶ指輪でも、つまるところ、それは人間の外見を飾る装飾品である。
そんなものを、よりにもよって アテナの聖闘士の中で最も自分を飾ることに興味のない者に押しつけてどうするのだと、星矢は瞬に呆れているようだった。
「指輪なんて、んなもん、まだ紫龍の方が似合うだろ」
そう言って、星矢は お鉢を龍座の聖闘士に回し送った。
送られた紫龍が、ぞっとしたような顔を瞬に向けてくる。

「だから、俺は一輝と氷河の恨みを買いたくはないと言ったろう。あの二人は、自分がいらないものでも、それがおまえの手で自分以外の者に贈られるのは不愉快と感じる奴等だ」
「その二人が、どう説得しても受け取ってくれないんだよ」
「なら、やはり俺より星矢だな。星矢がラスボスと当たる確率がいちばん高い。負け知らずの幸運も必要だろう」
「紫龍、おまえ、俺が指輪の力に頼らないと戦いに負けるとでも思ってるのか !? じょーだんじゃねーぞ。んなもん、俺はぜーったいに受け取らないからな!」
「おまえが指輪の力に頼らないと負けるなんて、そんなことは言っていないだろう」

すっかり臍を曲げてしまった星矢に困ったように、紫龍が眉をしかめる。
彼は短い溜め息を洩らして、瞬に苦笑いを投げてきた。
「やはり争いの女神の指輪だな。瞬、おまえも もう そんな指輪にかかずらうのはやめた方がいい。ろくなことにならないぞ」
「うん……そうだね……」

瞬の仲間たちは誰も、勝利を約束する幸運の指輪など欲していない。
誰も この指輪を受け取ってはくれない。
それが動かし難い結論にして答えなのだ。
瞬にはもう、その結論を受け入れるしか術がなかった。
「そうだね……。ごめんなさい、無理言って」
瞬はがっくりと肩を落として、自分の戦いは自分の力で戦い抜くと言い切る仲間たちに 背を向けた。
そして、そのまま 仲間たちの前から立ち去る。


紫龍が、
「瞬はいったいなぜ あれほど必死になって、あんなものを俺たちに受け取らせようとするんだ。他力本願の勝利の指輪なんて、誰も受け取らないことはわかっているだろうに」
と、今更ながらの疑念を口にしたのは、瞬の姿が彼の視界の内から消えた直後のことだった。
「そりゃ、エリスからのプレゼントなんて傍迷惑なもの、持ってたくないからだろ。まして、自分には何の御利益もない指輪なんて」
「それはそうだが、どこか いつもの瞬らしくない……」
瞬の姿を呑み込んだドアを見詰め、紫龍が呟く。

「そうかあ? でも、詰まんねー面倒事を押しつけられたら誰だって――」
「しかし、いつもの瞬なら、傍迷惑なものならなおさら、人に押しつけるようなことはせず、自分で引き受けようとするはずだ。何か瞬らしくない……様子がおかしい」
もう一度 低く呟いて、紫龍が掛けていた椅子から立ち上がる。
そして、彼は、消沈して仲間たちの前から立ち去った瞬のあとを追いかけたのだった。






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