サイズの問題もあったし、とにかく慌てていたので利き手で 利き手ではない方の指に はめてしまったという身も蓋もない事情もあったのだが、エリスの幸運の指輪が収まったのは、よりにもよって紫龍の左手の薬指だった。
それが、瞬の兄と瞬の男の神経を逆撫でしたことは疑いようがない。
紫龍の指にエリスの指輪があることに気付くなり、瞬の兄と瞬の男は、(紫龍が予想していた通り)義と名誉を重んじることで名を馳せていた龍座の聖闘士を 盛大に侮り、非難してきた。

「廬山の大瀑布をも逆流させる拳の使い手が、敵だった女神の指輪の力に頼ろうとするとは、堕ちたものだな。情けない」
「まったくだ。しかも左手の薬指とは。邪神に心を売ったと宣言しているようなものじゃないか。見苦しいこと この上ないな」
珍しく結託して、堕落した仲間を責め嘲る一輝と氷河に、紫龍は何も言い返さない。
仲間によって加えられる侮辱に無言でじっと耐える紫龍の姿は、強く瞬の胸を打ったのである。

「兄さんも氷河も、何てこと言うの! 紫龍は、誰にも指輪を受け取ってもらえなくて困っていた僕のために、欲しくもない指輪を受け取ってくれたんだよ!」
「紫龍がそう言ったのか? だが、口では何とでも言える。結局、紫龍は、自らの拳に自信を持てないから、そんな指輪に頼ろうとしたんだ」
「違います! 紫龍は――」
「瞬、いいんだ。余計なことは言うな。言いたい奴には言わせておけばいい。俺は、誰に何を言われようと構わん」
「だ……だって、紫龍……。兄さんも氷河も あんまりだよ!」

幸運という名の不名誉。
勝利を約束される不名誉。
義のため、名誉のためになら その命を捨てることさえ厭わない龍座の聖闘士が、仲間のために いわれのない嘲笑に耐えていた。
しかも、彼が瞬の兄たちに事実を知らせることを禁じるのは、どう考えても、瞬の身を守るために何もできなかった瞬の兄と恋人の心情を思い遣ってのことである。
真の強さ、真の優しさとは こういうことを言うのだと、瞬は心の底から思ったのだった。






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