問題のパーティの会場は、そのための施設を借りるのではなく、引退した老人の私邸。
個人の趣味というより、その地位や役職上の必要性によるものなのだろうが、老人の私邸の外観は ほぼ小型の迎賓館――だった。
城戸邸も 生活の場としてどうなのかと思うような造りになっているところがあったが、それに輪をかけて、住人より客人のための施設という感が強い建物。
高い天井、応接セットが幾組も置かれた広いエントランスホール、そこから3方に伸びている長い廊下。
その真ん中の廊下の突き当たりにある、おそらくは この邸の中で最も広いホールに足を踏み入れた途端、青銅聖闘士たちは その一種異様な雰囲気に圧倒されることになった。

「うへー。見事に若い男ばっか。若い女は沙織さんしかいないじゃないか。ここまで徹底されると、壮観だぜ」
実は 星矢も、氷河に勝るとも劣らないほどのパーティ嫌いだった。
沙織の身が よほど案じられるような場合にしか 彼女の供をしたことはないのだが、それでも それなりに格式のあるパーティをいくつも経験している。
その経験を思い返して判断しても、ここまで女っ気のないパーティは稀有――というより、これほど異様な雰囲気をたたえたパーティ会場に足を踏み入れるのは、星矢はこれが初めてだった。
そこには“良家の子弟”の保護者・付き添いとおぼしき年配の女性以外に、女性の姿がほとんどなかったのである。

「これが全部、沙織さんの夫候補か。数が多ければいいというものでもないだろうが、保護者・付き添いらしき者を除いて、30人はいるな」
「露骨すぎて、開いた口がふさがらん。普通のパーティを装う気もないのか」
「でも、目的がはっきりしているのは いいことかもしれないよ。沙織さんへのプレッシャーは大きいだろうけど」
「プレッシャー?」
パーティの主催者への瞬の擁護は、パーティ会場の異様な空気を意義あるものに変えるだけの力を持ってはいなかったし、沙織に対する瞬の懸念もまた全く無意味なものだった。

「瞬、いらっしゃい。ご老公にご挨拶にいくわ」
さすがは 88星座全聖闘士を統べる聖域の女神というべきか、あるいは それは、民法上 法人の代表権を有することができない年齢にあった頃から 実質的にグラード財団の支配者として君臨してきた女帝の貫禄なのか。
沙織は、彼女に集中する若い男たちの熱い視線を いとも軽やかに跳ね返し(つまりは、完全無視を決め込んで)、瞬を従え 今日のパーティの名目上の主賓の前に一直線に進んでいった。
二つに割った紅海を進むモーセのように。
男たちは、彼女の進む道を作るべくホールの脇に寄る。
沙織はプレッシャーなど 微塵も感じていないようだった。

「ご老公、お誕生日おめでとうございます。ご老公がすべての役職を退くという話を伺った時には、自由の身になって いったい何を始める気なのかと興味津々でいたのですけど、若い男性を集めて彼等の精気を吸い取り、若返りでもしようと企んでいらっしゃるのかしら」
「私がもう少し若く、愛する妻がいなかったなら、女王様の夫候補として いちばんに名乗りをあげるところなのだがね。日本の未来には暗雲が立ち込めているな。女王様のパートナー候補としては小粒な男共しか見付けられなかった。こんなはずではなかったのだが、まあ、好きに あしらってくれ」
「きっと お言葉に甘えることになりますわ」
「ははは。しかし、あわよくば女王の夫の座を得ようと、皆 それなりに欲を掻いているからな。好きに あしらうのは難しいかもしれんぞ」
「覚悟はしてきましたわ、瞬」

表面上は 穏やか至極、そして、なごやか。
だが、会話の内容は辛辣。そして、傲慢。
『小粒』と断じられた男性陣が気を悪くしないかと、二人のやりとりを沙織の後方に控えて ひやひやしながら聞いていた瞬は、沙織に突然 名を呼ばれ、慌てて顔をあげた。
「はい」
「ご老公。私の連れですの。こういう場所は初めてで、粗相があるかもしれませんけど、大目に見てやってくださいね」
「え……」

あくまでも沙織のボディガードとして その場にいるつもりだった瞬は、沙織でさえ一目置く財界の元大物に 自分が紹介されることに困惑した。
一緒にパーティ会場にやってきた星矢たちは ホールの入口に控えて、事の成り行きを見守っている。
財界の元大物に紹介されたのは、瞬一人。
それはつまり、瞬は沙織のボディガード・使用人ではなく 彼女の身内だと、その場にいる者全員に紹介したようなものだった。

「ほう。さすがは女王の連れ。途轍もない目をしているな。これからの世の中は やはり女が牛耳ることになるのか。こういう目をした男が、せめて4、5人いてくれたなら、私も日本の未来を憂えるようなことはせずに済むだろうに」
どう考えても瞬を少女と誤解している財界の元大物が、瞬を歓迎する。
誤解を解くこと自体が失礼になるのではないかと思うと、瞬は戸惑いながら彼に一礼することしかできなかった。
財界の元大物が、掛けていた肘掛け椅子から立ち上がり、ホールに集う男性陣の方に、沙織と瞬を向き直らせる。
そして彼は、マイクなしでホール全体に響く声で宣言した。
「努力は必ず報われるものではないが、努力せずに他人の成功を羨むようなみじめな男にだけはならぬことだ。諸君の奮闘を期待する」

それが戦闘開始の合図だったらしい。
財界の元大物が その手を肩に置いている二人の美少女。
それは このパーティの招待客たちには想定外の事態だったらしい。
ホールに群れていた小粒な豆たちが、急にざわめきだす。
だが、小粒といえど、一家一門の将来を その背に負った男たち、彼等の決断は素早かった。
ホールに群れ集っていた若い男たちが、すみやかに場所の移動を開始する。
まもなく それは、ほぼ同数の二つの集団に分かれた。






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