詩集というものは、気にかかる1冊を手にとり、優雅に目を通すもの。
あるいは、気に入りの1冊を 心のままに しみじみと味わうものだろう。
それは決して、テーブルの上に積み重ねて右から左に読み流していくようなものではないはずだった。
だというのに、城戸邸の図書室でそれ・・をしている氷河に出会い、紫龍は仲間の奇行に奇異の念を抱くことになったのである。

「いったい どうしたんだ。詩集ばかり、こんなに積み上げて。星矢じゃあるまいし、瞬に詩で挑んで掃除を免れようとしているのではあるまい?」
「俺を星矢と一緒にするな!」
いくら何でも、それは笑って聞き流すことができない侮辱である。
むっとして紫龍を怒鳴りつけてから、自分は星矢より更に情けない防戦一方の立場にあるのだということを思い出し、氷河の怒声は溜め息に変わった。
適当な言い逃れも思いつかなかったし、それは今更 隠しても詮無いことだったので、氷河は自身のガリ勉の訳を 正直に紫龍に告げたのである。

「今、俺が瞬に『好きだ、付き合ってくれ』と言ったとする」
「お、ついに告白する気になったのか」
「当然、瞬は 何かの詩を そらんじることを俺に要求してくるだろう。俺は そらんじられる自信がない」
「なに?」
なぜ そこでそれが『当然』になるのかが、実をいうと紫龍にはわからなかったのである。
少しだけわかるような気がしないでもなかったが、やはり完全には得心できなかった。
瞬は、道義的に問題がある理不尽で不当な暴力や要求に対してしか抵抗することをしない聖闘士であり、人間である。
仲間に示された好意を受け入れる条件として『次の問いに答えよ』と問題を投げかけてくるような人間ではないのだ。
とはいえ、瞬のために 必死に詩集を読みあさっている氷河の前向きな(?)努力を 頭から否定することも、紫龍にはできなかったが。

詩に限ったことではないが――文芸作品・芸術作品に限ったことでもないが――たとえば人が生きていく中で起こる様々の出来事に、二人の人間が同じ気持ちで共鳴できるということは、その二人にとって価値と意義のあることであり、また 快いことでもあるだろう。
氷河の努力の方向性は間違っていると思うが、彼の願うことは、紫龍にも全く 理解できないことではなかったのである。

「全部読んで暗記する気か」
「瞬が好きそうな詩だけ。――おい、瞬には言うなよ。俺は、あの馬鹿げたパーティでの時のように、さりげなく 決めたいんだからな」
優雅に湖上をすべる白鳥は、水面下で ばたばた慌しく足を描いている事実を、瞬に知られたくないらしい。
「仮にもアテナの聖闘士が、同性との恋を実らせるために 血眼になってゲーテを読んでいるなんて、人様に他言できるか。同じ聖闘士として恥ずかしい」
仲間の醜態を心底から恥じているようにそう言って、紫龍はその場に氷河を残し、図書室を出たのである。
もちろん、氷河の悪戦苦闘振りを瞬に知らせるために。






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