「ヒョウガ、ヒョウガ。ねえ、ヒョウガって、もう少し愛想のある顔はできないの? そんな仏頂面してたら、せっかくの綺麗な顔が台無しだよ」
「ヒョウガ、ヒョウガ。ヒョウガの馬って、大きくて恐そう。僕の馬と交換して乗ってみない?」
「ヒョウガ、ヒョウガ。僕、鏡がほしいの。ヒョウガに もう少し身なりを整えてもらいたいから。裏が鏡になってる盾や 柄のところが鏡になってる剣って、どこかで売ってないかな」

そうして二人の旅は始まったのだが、名を名乗った途端に、シュンは『ヒョウガ』という名が女王様の侍従の代名詞と思っているかのように、呼び捨てで あれこれヒョウガに用を言いつけてきた。
腹が立たないわけではなかったのだが、逆らっても かえって疲れるだけのような気がして、ヒョウガはシュン王子様の従順な侍従の役に甘んじ続けていたのである。

ヒョウガがシュンに逆らわなかったのは、その方が旅程が迅速に進むからという考えもあったのだが、一緒に旅をするうちに、シュンがただの細腕の持ち主ではないことが わかってきたからでもあった。
エティオピアの女王は、戦時にはエティオピア軍を指揮し、時には敵の総大将との一騎打ちで勝敗を決することもある重職で、シュンも その身分と地位にふさわしい薫育を受けていたのだ。
実戦で力をつけてきたヒョウガの、言ってみれば我流邪道の戦い方ではなく、理論も考慮された正則の戦い方を身につけているシュンは、まともに戦えば ヒョウガより はるかに強かった。
剣だけでなく、馬の扱いや弓の扱いも。
まともに戦わなければ――邪道を認める戦い方をすれば――シュンはヒョウガの敵ではなかったが。
なにしろ、劣勢に陥った時、敵の目をめがけて砂を投げつけるような戦い方を、シュンは知らなかったのだ。
ヒョウガが そのやり方で 蠍の化け物を倒した際、
「ヒョウガは とても機転が利くんですね。とても斬新な戦い方です」
と、シュンに真顔で感心されてしまったヒョウガは、その賞賛に どう答えたものかと、対応に窮してしまったのだった。

いずれにしてもシュンは、ただのお姫様ではなかった。
もちろん足手まといでもなく、立派な戦力。
その上 シュンは、堂々と自由に男子として振舞える現状が嬉しくてならないらしく、ヒョウガがあっけにとられるほど元気で明るく、積極的かつ勇猛果敢な戦士でもあった。
「おまえ、従姉のエスメラルダ姫とやらに、かなり我儘を言ってきただろう。何かあるたびに お姫様の身代わりを押しつけて、おまえ自身は好き勝手にあちこち飛び回っていた」
「僕が我儘なんじゃないよ。エスメラルダが優しいだけ。『可愛そうなシュン』って言って、エスメラルダは できる限り 僕がお姫様でいなきゃならない時間を減らしてくれたの。だから僕、絶対にエスメラルダを幸せにするんだ」

とんでもない はねっかえりだが、健気で優しい姫君――もとい、王子様。
共にいる時間を積み重ねるほどに、シュンに対するヒョウガの好意と敬意は強く深いものになっていった。
シュンの姿が一見したところでは絶世の美少女だという事実も手伝って(?)、その好意は少々 複雑で変則的な方向に進み始めていた。
要するに、シュンと共にいる時間が長くなるにつれ、ヒョウガは、シュンに見とれている時間が増えていったのである。
“見とれる”というには ヒョウガの視線は強すぎるものだったらしく、シュンは自分に向けられているヒョウガの視線に気付くたび、居心地が悪そうにしていたが。

「どうしてヒョウガは いつもじろじろ僕を見るの」
「いや、本当に可愛いなーと思って」
「僕は男です。何度も言ったでしょう。可愛いなんて、褒め言葉じゃないって」
「男でも可愛いものは可愛い。エスメラルダ姫のため 兄のために、おまえは必死で――おまえの悪知恵をもってすれば、自分がアンドロメダ女王になる方法だって、簡単に思いつくだろうに」
「知恵っていうのは、人のために使うものでしょ。人を幸せにするために使わなきゃ、意味がないよ」
「そうだな。誰もが おまえと同じ考えでいたら、この世の中はもう少し美しく 生きやすいものになるだろうに」

シュンがエティオピアの女王としてエティオピアを治めるつもりがないことは、エティオピアの国とエティオピアの民にとって、大いなる不幸なのではないかと、ヒョウガは思うようになっていた。
逆に、いつまでも こうして二人で旅を続けていられたら、どんなに毎日が楽しいだろうと思いもする。
だが、旅には――それがどんな旅であれ、終わりがくる。
ヒョウガとシュンの旅の終わりは、メデューサの首を手に入れた時。
命がけの最終決戦になるだろうとヒョウガが考えていたそれは、だがあまりに容易に、しかも短時間で終わった。
もちろん、シュンの策略によって。

メデューサは元は美しい少女で、その美しさを神以上と驕ったために、文字通り二目と見られぬ化け物の姿に変えられたという、どこかで聞いたような経歴の持ち主だった。
シュンは、そんな彼女を、美に絶対の価値をおく人間(化け物)、要するに尋常でない面食いと踏んでいたらしく、若く美しい男(ヒョウガのことである)を囮に使って、彼女の気を散らすという作戦に出た。
直接 その姿を見ずに済むように、盾の裏や剣の柄の鏡に映る姿を見ながら、ヒョウガの馬の背とシュン自身の馬の背を交互に飛び移り、操ることで、シュンは、メデューサに敵への攻撃の狙いを定めさせなかった。

二人が旅を始めた時、シュンがヒョウガを侍従扱いして言いつけた用や我儘が すべてメデューサを倒すための下準備だったことを、ヒョウガは旅の目的を果たしたあとで やっと気付いたのである。
もしかしたらシュンは、ヒョウガを旅の同道者にした時には既に、その作戦を立てていたのかもしれない。
いいように利用されたというのに、それがわかっても、ヒョウガは不思議と腹が立たなかった。
やはりこのシュンがエティオピアの女王の地位に就かないことはエティオピアという国にとって 大いなる損失だと 腹の底から感服することしか、ヒョウガにはできなかった。






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