しかし。
諦めることを知らず、常に希望だけを見詰め、そして最後に奇跡を起こすのがアテナの聖闘士である。
希望の闘士たるアテナの聖闘士たちの中でも、特に星矢は その特質が顕著。
ご飯を食べて、一晩 寝て起きれば、新しい希望の朝がくるのが、天馬座の聖闘士の身上だった。

「ヒマラヤ山脈にだって、住んでる人間はいるんだからな。チョモランマの山頂より高いところで暮らしてる女の子だっているかもしれない。俺は探すぞ。瞬より可愛い女の子を、意地でも」
新しい希望を胸に抱き 前向きに生きようとしている星矢に、『チョモランマの山頂より高いところにあるものは、おそらく空と雲と太陽だけだ』と率直な意見を述べることは、紫龍にはできなかった。
だから彼は、星矢の前で、その件に関してはノーコメントを貫いていた。
だが、星矢が続けて口にした、
「で、今時の若い女の子って、どこにいるんだ? 巣鴨? 浅草? 両国?」
という発言には、さすがの紫龍もノーコメントを通すことはできなかったのである。
「星矢、おまえ、わざと言ってるのか?」
まず最初に、おばあちゃんの原宿と言われる巣鴨地蔵通り商店街のある巣鴨、次に、『落語を聞くならここ』の浅草演芸ホールのある浅草、そして とどめに、両国国技館のある両国の地名が出てくるあたりに、星矢の自暴自棄を感じる。
幸い 紫龍の心配は杞憂だったらしく、星矢はすぐに、一応“若者の街”と言っていいだろう街の名を挙げてきたが。

「んじゃ、やっぱり、渋谷とか原宿とかか? 秋葉と池袋は避けた方がいいよな。ほら、瞬、コート着ろよ。おまえより可愛い女の子を探しに行くぞ!」
「え? なんで、僕まで?」
紫龍はそれで安心できたのだが、星矢に ご指名を受けた瞬は そうはいかなかった。
瞬は そもそも、氷河に女の子を“あてがう”必要性など感じていなかったし、それより何より、可愛い女の子を物色するために街に繰り出すなどという下品な行為に同道することは、瞬は全力で遠慮したかったのだ。
が、星矢は、瞬は当然自分に付き合ってくれるものと決めつけているらしい。
瞬の反問に、彼は一瞬 きょとんとした顔になった。

「だって、おまえは俺を見捨てたりしないだろ? おまえは、俺が氷河にいじめ殺されても構わないってのか? おまえはそんなに冷たい奴だったのかよ!」
「いじめ殺されるだなんて、そんな大袈裟な……」
「今の状態が続いたら、俺は絶対 氷河に殺されるって。もし そんなことになったら、俺は 幽霊聖闘士になって、おまえに8代祟ってやるぞ」
「祟るのは、普通は7代なんじゃないの?」
「だから、普通より1代多く祟るってことだよ!」
「……」

そんなやりとりの末、結局 瞬は星矢に押し切られてしまったのである。
決して8代 祟られるのが恐かったわけではなかったのだが、苦境に立たされている(と当人が主張する)仲間を見捨てることが、瞬には“キャラクター的に”できなかったから。






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