そうして二人が赴いたのは、東京都渋谷区宇田川町、いわゆる渋谷センター街。
昨今、バスケットボールストリートと改名したばかりの場所だった。
クリスマスが近いせいなのか、それとも これで通常営業状態なのか、この冬いちばんの冷え込みを記録した その日も、街は人でごった返していた。
学校が冬休みに入っているらしく、平日の午前中であるにもかかわらず、確かに“大人”と呼ばれる者たちより“若者”と呼ばれる者たちの姿が多い――異様に多い。
だが、その通りを 20分うろうろしただけで、今朝方 星矢の胸に生まれた新たな希望は あっさり しぼみきってしまったのである。

「ごちゃごちゃ人は多いけど――若い女の子もいっぱいいるけど――」
どんなに よさげな女の子を見付けても、比較対象のために 氷河の標準に視線を移すと、そこにあるのは絶望的なまでに甚大なレベルの差。
普段 見慣れていて、それゆえ特に意識してもいなかった瞬の顔の造作、その佇まいや印象、肌の白さや 肌理の細やかさまでが、今は星矢をいらつかせた。

「瞬! おまえ、ちゃんと探してるか? ちゃんと見てるのかよ !? 」
「そ……そんなこと言ったって……。品定めするみたいに まじまじと女の子を凝視するわけにはいかないよ」
瞬は、直接 自分の顔を見て 他人と比較することができない分、星矢ほどには絶望感に囚われていないらしい。
ごく軽く――困ったように眉をひそめ、瞬は星矢に訴えてきた。

「あのね、星矢。僕、“可愛い”の標準は特にないけど、僕の“綺麗”の標準は氷河なんだよ。氷河の隣りに並んで立って、見劣りしない女の子なんて、そうそういないよ」
「うー」
「それに、いくら可愛くても、いくら綺麗でも、大事なのは、その人柄でしょう。見てるだけじゃ、そこまでは判断できないし、外見が釣り合うから相性がいいとも限らないし」
「そりゃ、氷河のあの性格に耐えられる女の子なんて滅多にいないだろうけどさ。んでも、ものすごーい面食いで、顔がよけりゃ性格悪くても全然平気っていう女の子が、この広い世界に1人くらいはいるかもしれないだろ!」
そう主張している当人が、そんな女の子はいないと確信できてしまっているのだから、話はややこしい。
極端に“性格より外見重視”の女の子はいるかもしれないが、その女の子が瞬より“可愛い”可能性は120パーセントないだろう。
瞬が“可愛い”のは、その顔の造作のせいだけではないのだ。
それがわかるからこそ、星矢は苛立ち、その気分と心は 深く暗く沈んでいくのだった。

「僕、そんな人が氷河の側にいるのは嫌だ……」
そんな星矢の許に、瞬の小さな呟きが届けられる。
「え?」
「あ、ううん」
瞬が可愛らしい・・・・・所作で、微かに首を横に振る。
そうしてから、瞬は、いたわるように優しい眼差しで、消沈の星矢を見詰めてきた。
「ねえ、星矢、考え直してよ。氷河は別に星矢のこといじめてるわけじゃないと思うよ。ただ星矢のためを思って――」
「いじめってのは、いじめる方の意識なんか問題じゃないの。俺がいじめられてるって感じれば、それがいじめなんだよ!」

瞬が可愛ければ可愛いだけ、優しければ優しいだけ、その事実が星矢を苛立たせ、腹立たせる。
徒労になるとわかっていたのに、星矢は意地で、東京都渋谷区宇田川町、いわゆる渋谷センター街 改めバスケットボールストリートに居坐り続けた。
そうして二人が、東京都渋谷区宇田川町、いわゆる渋谷センター街 改めバスケットボールストリートをあとにしたのは、短い冬の日が暮れて、照明なしでは街を行く人々の顔を確かめることができなくなった頃。
もちろん、東京都渋谷区宇田川町、いわゆる渋谷センター街 改めバスケットボールストリートに チョモランマの頂を見い出すことは、星矢にはできなかったのである。






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