逃げ込まれた先の星矢は、久し振りに自分に向けられた すがるような瞬の瞳に、大いに気をよくしたのである。
それだけでも、氷河の告白には意義も意味も価値もあったと、星矢は思った。
そして、その意義と意味と価値に免じて、氷河の恋が実ることを許してやってもいいとも思った。
星矢は、氷河と瞬が特別な仲になることは平気だったのである。
なにしろ、絵とは違って、氷河は星矢と同じ人間。
当然、同じ土俵の上で戦うことができるのだ。
そして、瞬は、その姿が どれほど少女めいていても、間違いなく男子。
男なら、恋より男同士の友情を優先するのが当たりまえと、星矢は信じていたから。
だが、絵は駄目である。
そもそも絵では、対抗策が思いつかない。
その点で、氷河は、星矢にとって、どこがいいのかわからない絵ほどには強敵ではなかった。

そういう考えでいたので――星矢は一応、氷河の恋に味方する立場に立って、瞬に訊いてみたのである。
「おまえ、氷河が嫌いなのかよ」
と。
瞬は、あまり迷った様子もなく、
「嫌いじゃないよ」
と答えてきた。

「んじゃ、好きなのか」
「好きだけど……僕、氷河の目が好きなの」
「は?」
「歯じゃなくて、目」
「いや、俺は聞き違えたんじゃなくて――」
もちろん星矢は聞き間違えたわけではなかった。
駄洒落で そんなことを問い返したわけでもない。
瞬が何を言っているのかが、星矢には本当に理解できなかったのだ。

しかし瞬は――瞬も、洒落や冗談でそんなことを言ったのではないらしく――瞬は至って真面目な顔をしていた。
真面目な顔で、
「僕は氷河の目が好きで、他はあんまり意識したことがなくて」
と、仲間に告げてくる。
「はあ……」
「ただ、本当に氷河の目だけは――見てると、もう うっとりする。なんて綺麗なんだろうって」
「へ……へえ……?」

間の抜けた相槌を打つ以外、星矢に何ができただろう。
氷河の恋に成就の見込みがあるのかどうかさえ、氷河は あの絵に太刀打ちできるのかどうかさえ、星矢にはわからなかったというのに。
星矢にできたのは、
「氷河は自分の気持ちを おまえに伝えたかっただけで、別に答えを強要してきたわけじゃないんだろ? なら、あんまり気にすんな。そのうち、なるようになるさ」
と瞬に言い、そして、氷河に、
「だとさ。瞬はおまえを嫌っていない。むしろ、おまえの目は好きでいる。でも、瞬は、おまえの自慢のツラにも肉体美にも興味ねえってよ」
と、報告することだけ。
そんな報告を受けたところで、報告を聞くこと以外に何もできなかったのは、氷河も星矢と同じだったのだが。

呆然としている氷河に、『多分、おまえはていよく 瞬に振られたんだ』と言うに忍びず、星矢が あえて滑稽な仕草で氷河の目を覗き込み、あえて軽薄な口調で、
「わっかんねーよな。瞬の目みたいに びっくりするほど澄んでるわけでもねーし、こんなのただの青いビー玉じゃん」
と、ぼやいてみせる。
実際、今の氷河の目は完全に空ろ、ただの物言わぬ青いビー玉だった。

「は……ははは。どこが好きかと問われた時、目が好きだと答えるのは、容姿が十人並みの相手に対して告げる常套句だが、目しか好きじゃないというのは、実に斬新だな。うむ、実に斬新だ」
ライブラのソードをもってしても打ち砕くことのできないフリージングコフィンの中に閉じ込められた(むしろ、自分から閉じこもった?)氷河を励まし慰めるために、紫龍が 全く慰撫になっていない慰撫の言葉を口にする。
氷河を生き返らせるためには、瞬の温かい小宇宙が必要。
それ以外の何ものにも、氷河の心に熱き魂を蘇らせることは不可能。
それがわかっているだけに、紫龍は――そして星矢も――今は為す術がなかったのである。






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