「シンデレラ姫の似顔絵?」
いったいそれは何なのだと、沙織が持ち出した隠し球の前で、星矢がぽかんとする。
もちろん星矢とて、カメラ機能やビデオ機能を搭載したモバイル機器の存在と普及率は知っていた。
が、事件当時の現場の状況が状況である。
瞬の顔の造作が判別できるほどの距離で優雅にシンデレラ姫の姿を記録に留めることができた者などいなかったはずだった。
そんな星矢の疑念を察したのか、沙織がそのあたりの事情説明を開始する。

「もちろん、事故現場に居合わせた人たちの中に、見るに耐えることができるレベルの映像を持っている人はいなかったらしいわ。瞬は尋常の人間とは段違いのスピードで救助に当たっていたようだし。でも、バスの中の幼稚園児や、フェラーリの中のご令息は、至近距離で瞬の顔を見ていたのよ。問題の似顔絵は、彼等の目撃証言を総合し、最新のCG技術を駆使して作り上げたものらしいわ。今、最終調整に入っているところのようね。事前に入手したのだけど、これ――」
言いながら、沙織は、自分のモバイル機器の赤外線機能で、星矢の手許にあるパソコンに映像データを送った――らしい。

「うわっ」
それを見た星矢が、奇妙な声をあげ、顔を引きつらせる。
沙織の顔を窺ってから、星矢は、いかにも恐る恐るといったていで、問題の映像データを壁のディスプレイに映し出した。
「え……」
「な……」
「は……」
瞬、氷河、紫龍が、呻き声といっていい音を その唇から洩らし、その後、揃って絶句する。
それから更に3分。
シンデレラ姫の似顔絵CGの衝撃から最初に立ち直ったのは、当然のことながら、この騒ぎの当事者ではない龍座の聖闘士だった。

「に……人間の記憶力というものは、なかなか馬鹿にできないものだな。事故現場に目撃者はたくさんいたわけだし、造作だけなら かなり似ていると言っていいのではないか? 惜しむらくは、CG画像では瞬の目の澄んだ感じが出せてないところか。瞬の顔は 目がいちばん印象的なのに、それが表現できていない。だが、まあ、ちゃんと美少女に仕上がっているな。うん」
紫龍が(おそらくは必死に冷静になるべく努めながら)客観的な批評を口にしたのは、その映像を見た瞬の衝撃を少しでも やわらげてやりたいという思い遣りの気持ちからだったろう。
100インチディスプレイに映し出されたシンデレラ姫の手配写真は、そんな思い遣りが必要なほど、とんでもないものだったのだから。

CG技術を駆使して作成されたらしい瞬の似顔絵は、人工的に作られた絵の不自然さは確かにあったが、その造形自体は本物の瞬と大差がなかった――かなり似ていた。
しかし、どういうわけか その似顔絵画像のバックには白い百合の花が鎮座ましましており、瞬が身に着けている服の色はピンク色。
襟元には白いレースがあしらわれ、その上 肝心の瞬は、百合の花や白いレースが全く不自然に感じられないほど少女めいた表情──軽く首を右に傾け微笑むという、媚びたポーズを取らされていた――のだ。

「な……何だよ、これ! 完全に、アイドル歌手のピンナップじゃん」
「むしろ、アニメやゲームの写実的キャラクターのポートレートカードと言った方がいいかもしれないわね。画像は、正面、右向き、左向き、横顔、全身の立ち姿と5種類あって、瞬には気の毒だけど、バックは全部 百合の花。コスチュームの色は、ピンク、白、水色、レモンイエロー、すみれ色――」
「ばっ……馬鹿にして!」
あまりに悲惨な画像にショックを受け、絶句していた瞬が 最初に吐き出した言葉がそれだった。
沙織の発言を遮るくらいなのだから、瞬がその似顔絵画像によって与えられた衝撃は、尋常のものではなかったのだろう。
「馬鹿にして! これ、すっかり女の子じゃない! 僕、絶対に名乗り出ない! 絶対に名乗り出ないんだからっ!」

悔し涙の混じった瞬の悲痛にして悲惨な声が、城戸邸ラウンジに木霊する。
瞬の言う通り、手配写真の瞬は『すっかり女の子』なのだが、その姿が実物にそっくりなのもまた事実だろうと 瞬に告げる勇気を持つ者は、その場には一人もいなかった。
沙織でさえ、瞬を本気で怒らせることを恐れ、コメントを控えている。
神でさえ そうなのである。
一介の青銅聖闘士ごときは――星矢も、紫龍も、もちろん氷河も――バックに百合の花を背負って微笑む瞬を前に、地獄のような沈黙を守るしかなかったのだった。






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