事態が膠着状態に陥った城戸邸ラウンジ。
そこに三一致の法則を厳守すべく(?)、突然 沙織が姿を現わす。
彼女は、
「なんだか ものすごーく険悪な小宇宙が漂っているようだけど、何かあったの?」
と ぼやきながら彼女の聖闘士たちの前に登場し、星矢が手にしている手紙に気付くと、怪訝そうに首をかしげた。
「あら、その手紙――」
「沙織さん、この手紙のこと知ってんのかよ?」
「知っているのかと問われれば、知っていると答えるしかないけど、何なのかと問われれば、知らないと答えるしかないわね」
「……」
いったい それは知っていることになるのか、ならないのか。
沙織の どっちつかずな答えに 星矢は不満を隠すことができず、その顔を くしゃりと歪めることになった。
だが、沙織は、決して星矢を煙に巻こうとしたのではなく、ただ 事実を事実のまま告げただけだったらしい。

「私が庭に出ていたら、風で飛んできたのよ。氷河がシベリアに発った日だったかしら。でも、あの日は私も聖域に発つことになっていて急いでいたのよね。だから、拾った手紙をラウンジのテーブルに置いて、私はそのまま空港に向かう車に乗り込んだの」
「ああ、それで。つまり、この手紙を書いて封をしたのは氷河、それを拾ってラウンジのテーブルに置いたのは沙織さんだったということか。この手紙の出現は二人の連携プレイによるものだったわけだ」
「そういうことかー。瞬が この手紙を見付けたのは、氷河がシベリアに発って かなりの時間が経ってからだったから、俺たちは差出人候補から氷河を除外しちまったわけだ」

手紙を書いた人間が誰なのかが わかった今、それは解明されても詮無い謎ではあったのだが、ともかく 一つの謎が解けた。
これを足掛かりに 次の謎の解明をと考えたのか、あるいは 沙織のいるところでなら氷河も黙秘権を行使し続けるわけにはいくまいと踏んだのか、紫龍が星矢のそれとは対照的に、仲間を責める響きのない声で尋ねる。
「で、おまえは、何のために こんな手紙を書いたんだ」
沙織が その場にいるからなのか、紫龍の穏やかな口調に抵抗心を抱くことができなかったのか、氷河は ごくあっさりと問われたことに答えてきた。

「出すつもりはなかったんだ。ただ」
「ただ?」
「俺が その手紙を書いたのは、俺がシベリアに発った日の前の晩だ。俺は何か瞬に伝えたいことがあって、だが それが何なのかわからなくて――だから、何でもいいから思いつくことを文章にしてみようと思ったんだが、瞬の名前しか出てこなかった」
「ほう」
「翌日、瞬に会えばわかるかと思ったんだが、瞬の顔を見たら余計に訳がわからなくなって、頭と心臓が おかしくなってきた。だから、俺はどこか寒いところに行って 心身共に冷静になろうと思ったんだ」
「それで、おまえ、その日のうちにシベリアに発ったのかよ!」
「あのまま瞬の側にいたら、俺は訳の わからない何かのせいで確実に爆発炎上すると思ったんだ」
「おまえさあ……」

それが何という病気の症状なのかということは、その病気に罹ったことのない星矢でさえ知っていた。
氷河は 本気でそんな冗談を言っているのかと、星矢は、北の国から帰ってきたばかりの仲間の顔を まじまじと見詰めてしまったのである。
恐ろしいことに 氷河は全くの真顔だったので、星矢は激しい頭痛に襲われた。






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