氷河王子が、瞬王子が火の国に帰ったことを知らされたのは、その翌日のことでした。 『氷河を傷付けるつもりはなかったの。ごめんなさい』 瞬王子はそう言って、瞳を涙でいっぱいにして、南に向かう船に乗り込んだのだそうでした。 どうせ瞬王子が『氷河を苦しませたくないから、知らせないで』とでも言ったのでしょうが、船が出てしまってから そんなことを知らせてきたカミュ国王に、氷河王子は腹立ちを抑えることができなかったのです。 カミュ国王はカミュ国王で、冷たい仕打ちで瞬王子を故国に追い返してしまった氷河王子に 大層立腹していましたが。 「おまえに瞬殿の身分を秘密にしていたのは悪かったが、ああでもしないと、おまえは瞬殿が側にいることを断固として拒否していただろう。瞬殿はただ、おまえの母から もらった命で、おまえの母の願いを叶えることが自分の務めだと考えていただけなんだ。瞬殿は、おまえが幸せになることだけを願っている。おまえの母が生きていたら そうしていただろうようにだ。おまえは、あのように可憐で健気な姫に、なぜ ああも冷たくできるんだ!」 カミュ国王に 憤懣やる方なしといった表情で責められて、氷河王子はむっとしました。 氷河王子とて、好きで瞬王子に 冷たくしていたわけではなかったのです。 自分が『王妃の座をエサに瞬を妻にできるなんて、俺って ほんとにラッキー♪』と開き直れる男だったら どんなによかっただろうと、氷河王子は自分のプライドに むかむかしていました。 「王族たるもの、いつもクールに振舞えと言っていたのは叔父上でしょう」 「クールと冷酷は違う。私は、有事の際に冷静な判断力を持てるようにしろと言っているのだ」 「ああ。叔父上はいつもクールクール言うわりに、全然クールじゃないから」 「なに?」 「俺だって、好きで瞬に冷たくしていたわけじゃないんだ! 俺の気も知らずに、ごちゃごちゃ うるさいな! こんなに口うるさい おっさんは、いっそ 冬至の祭りに作る冷たい氷の像にでもなってしまえばいいんだ! 夏の陽光にも溶けない絶対零度の氷の像。そうすれば俺も詰まらぬ説教を聞かずに済む!」 『短気で短慮な王子よ! そなたが 次に怒りに任せて口にした罵詈雑言が現実のものになるように!』 氷河王子が、掟の女神テミスの呪いの言葉を思い出した時、テミスの呪いは既に成就されていました。 つまり、カミュ国王は、夏の陽光にも溶けない絶対零度の氷の像になってしまっていたのです。 「叔父上!」 氷河王子が大慌てに慌て、自分の軽率な言葉を悔やんだのは当然のことです。 氷河王子は、口うるさくて ちっともクールでない叔父君を、本当はとても大切に思っていました。 両親のいない自分を育ててくれた叔父君に深く感謝もしていました。 氷河王子は、カミュ国王に静かな氷の像になってほしいなんて、本当は ちっとも思っていなかったのです。 けれど、後悔しても、すべては後の祭りでした。 氷河王子は、まず最初に、命の花を使ってカミュ国王を生き返らせることを考えました。 けれど、すぐに それは無理なことだとわかりました。 カミュ国王が大変なことになったと聞いて 駆けつけてきた厚生大臣が、無念そうに首を振りながら、それは無理だと氷河王子に告げてきたのです。 「命の花は、死が間近に迫った者に対してでないと使えないのです。国王陛下は死にかけていない。ただ その時間が凍りついているだけです。しかも、この呪いをかけたのは、人間に命の花の力の使用許可を与える権利を持つ掟の女神テミスだというではありませんか。どう考えても、命の花の力で陛下を元に戻すのは無理な話です。これは むしろ、火の国の王室に助力を求める事態なのではないかと」 「火の国に?」 「はい。火の国の王族には、凍てついた人間の心と身体に 元の温かさを吹き込む力が備わっているのです。火の国に頼めば、あるいは――」 「火の国の王に頼めばいいのか」 「王は駄目でしょう。火の国の王は、王位に就くと、その能力が格段に増し、国を守るためになら すべてを燃やし尽くす炎の心の持ち主になるのです。カミュ国王陛下を救えるのは、燃え盛る炎ではなく、冬の根雪を溶かす春の陽射しのように温かい心です。王位に就いていない王族です」 「では……」 「瞬殿しかいません」 「……」 何ということでしょう。 氷河王子は、自分の軽率な言動を、二重の意味で後悔することになりました。 瞬王子の優しく温かい心を踏みにじって この国から追い出しておいて、今更どんな顔をして、『叔父を救ってくれ』と頼むことができるでしょう。 そんな恥知らずなことは、到底できることではありません。 だいいち、頼んだところで瞬王子が願いをきいてくれるとは思えません。 「無理だ。俺は瞬を泣かせた……」 「しかし、他に方法は――」 「調べろ! 我が国にある すべての文献に当たり、物知りの長老たちを招集して、情報を集めるんだ。過去に似たような事例はなかったか、あったとしたら どうやって生き返らせたのか――。何か方法があるはずだ!」 氷河王子の命令は、ただちに実行に移されました。 氷の国のあらゆる分野の学者たちが総出で文献調査を行ない、国中の長老たちが氷の国の王宮に集められました。 努力の甲斐あって、求める答えは見つかりましたよ。 『火の国の王子か王女の温かい心で温めてもらえば、カミュ国王は復活する』という答えが。 |