氷河は、振りで済ませるつもりだったのである。
寝台に引き込んで、瞬に馬鹿げた声でもあげさせれば、侍官たちに“具体的なこと”があった思わせることはできる――と考えていた。
常に侍官が見張りについているといっても、彼等は氷河の寝台の中まで覗き込んでくるわけではない。
せいぜい部屋の外で聞き耳を立てているだけ。
相手が女でないのなら、本当に性交が完遂されたかどうかということまでは確認する必要はなく、その程度の見張りで十分と考えているはずだった。

瞬は、氷河の寝台に横にされても、大人しくしていた。
何のためにそんなことをされるのか、氷河に尋ねてもこなかった。
こんなことには慣れてしまっているのか、何もわかっていないのか。
瞬の澄んだ瞳の中を覗き込んでも、氷河は瞬の気持ちを読み取ることができなかった。

「おまえ、自分がこれから俺に何をされるのか わかっているのか」
「僕を連れてきた太った人が、殿下に何をされても大人しくしてろって」
「殿下ではなく、氷河だ。そう呼べと言っただろう。あの太った男が、おまえにそう言ったのか」
「うん。氷河は僕をとても気持ちよくしてくれるって。僕が氷河の言う通りにしていれば、氷河も気持ちよくなれるんだって」
「それはどうかな」

いくら女より綺麗でも、こんな細い子供相手に“気持ちよいこと”などできるわけがない――瞬が気持ちよくなどなれるわけがない。
瞬の無垢に、氷河は少し苛立っていた。
だが――瞬が身に着けている薄い夜着のあわせを大きく左右に開き、瞬の肌に――剥き出しになった瞬の肩と腕に触れた途端、氷河の手と指は その吸いつくような感触に、未だかつて経験したことのない種類の衝撃を覚えることになったのである。
それは、痛みを全く伴わない、恐怖にも似た、だが陶酔を伴う やわらかい衝撃だった。

肌の感触もさることながら、それと共に伝わってくる心地良い温かさ。
体温というものが、人間にとって どれほど絶妙で特別な温度なのか、氷河は初めて知ったような気がした。
この温かさを もっと感じたいという欲求が、突如として激しく 氷河の中で勃興し、渦を巻き始める。
抱きしめずにいられなくなって、その通りにしたら、抑えがきかなくなった。
その温かさと やわらかさ、そして、瞬の健気な鼓動。
永遠に それらを感じていたい。
じかに触れ、溺れていたい。
そんな思いに突き動かされ、氷河は夢中で瞬に触れ、瞬を抱きしめ続けた。
やがて、瞬を抱きしめていたいという願いが、瞬に抱きしめられたい、瞬に包まれたいという強い衝動に代わり、その衝動に抗いきれず、氷河は瞬の中に入っていった。
無理矢理、入り込んだ。我が身を捻じ込むようにして。

「あああああ……っ!」
それまで、温かい溜め息と もどかしげな喘ぎを洩らすばかりだった瞬が、初めて悲鳴をあげる。
寝室の外で聞き耳を立てている侍官たちに聞いてもらうために――その声は大きい方が氷河には都合がよかったのだが、瞬は悲鳴を繰り返さぬよう、繰り返すにしても声を大きくしないよう、懸命に自分を抑えているようだった。
その努力は あまり報われていなかったし、氷河自身 そんな努力の成否など どうでもいいと感じてしまっていたのだが。

瞬は、いったい誰に、どういう仕込まれ・・・・方をしたのか――。
氷河はもちろん、男子と身体を交える方法など知らなかったのである。
だが、その夜、氷河は、すべてを最初から知っていたように、それができてしまった。
瞬が手馴れた仕草で氷河を導いてくれたわけではない。
逆に、瞬は、氷河に操られる人形のように、自分からは どんな能動的なこともしなかった。
触れられ、撫でられ、手足を動かされ、身体の向きを変えられながら、ただ喘ぎ泣いているだけだった。
にもかかわらず、本当に自然に、二人は 一つになれてしまったのだ。

だが、氷河を愕然とさせたのは、そのことではなく、瞬との交わりが あまりに甘美なものだったこと。
瞬自身、瞬との交合。
それは、“要するに”、恐ろしく快いものだった。

戦場で、雑兵たちの下品な自慢話はよく聞いていた。
どれだけ多くの女を相手にしたことがあるか。
どれだけ いい女と寝たことがあるか。
そういった自慢話を、陣地の移動の際、戦いの合間合間に、兵たちは嬉々として得意げに同輩たちに語っていた。
一人の女をどれだけ幸せにしてやることができたのかということなら ともかく、相手にした女の数や女の質が彼自身の自慢になるのかと、彼等の下世話な雑談を聞くたびに、氷河は兵たちを嘲っていた。
だが、今の自分なら、あの兵たちが涎を垂らして羨みそうな自慢話ができそうな気がする。
不吉な色を持つ王子の横で、固く目を閉じ 白い胸を上下させている哀れな瞬の様子を認め、氷河は、 そんなことを考えている自分に胸糞が悪くなってしまったのだった。
だが、瞬の中に沈み込んでいる時の 温かく甘美な感覚が忘れられない。
瞬の呼吸が整う時を待ちきれず、氷河は再び瞬の身体を押し開いた。






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