「いかがでした」
例によって下卑た笑みを浮かべ尋ねてくる元料理番を殴り倒してやりたい。
そう、氷河は思ったのである。
「お気に召したでんしょう? でなければ、あんなに――」
だが、自分にそうする権利がないことはわかっていたので、氷河は かろうじて拳を振り上げることを思いとどまったのである。
代わりに、言葉で、氷河は元料理番の下卑た推測を遮った。

「どういうふうにして、あれを作ったんだ。あんなのを作って、敵国の王や将の許に送り込むつもりか」
「は? ああ、それは――それは 知らないでいた方が殿下のためかと」
「誰でも夢中になって、戦や政治などどうでもいい気分になるだろうな。妲己だっきに夢中になって国を滅ぼした殷の紂王のように」
「それほど よろしかったのなら、結構なことです。あれは殿下のものですから、ご存分に。お好きなだけ愛でてくださって結構です。ああ、もちろん“振り”で構いませんよ。“振り”で十分です」
自分より下劣と思う男に侮られることほど不愉快なことはない。
だが、氷河は、その下劣な男の言葉通りに振舞わずにはいられなかったのである。
不吉な色を持つ王子を陥れるための罠だとわかっているのに、氷河は瞬を抱かずにいられなかった。






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