半年振りに王宮本殿の更に奥にある後宮に母を訪ねる許可が氷河に下りたのは、元料理番だった男と元百人隊隊長だった男の任期が切れる日。 彼等が 氷河付き侍官としての役職に就いている最後の日だった。 「さる高貴な御方が誰なのかは、本当に知らないままでいた方が、殿下のためなんです」 そう言って、気のいい正直な元料理番は 氷河の館を去っていった。 彼等の次に来る侍官は、“さる高貴な御方”が何者であるのかを知っているのか。 知らないとしたら、謎の男の正体を探る他の方法を模索しなければならないだろう――。 そんなことを考えながら 後宮の母の許に赴いた氷河は、そこで半年振りに母の姿を見て、愕然とすることになってしまったのである。 常に謀反の疑いをかけられている王子に、母親と会う許可が下りたのも当然のこと。 既に寝台に身体を起こすこともできなくなっている彼女の美しい顔には、死の影が漂っていた。 病を得ていることは聞いていたが、それがここまで重篤なものだったとは。 3日前までは立って歩くこともできていたのだが、それが昨々日に急変し、寝台から起き上がることもできなくなったらしい。 「もう、お声も出せないようなんです。昨日、ご容態の急変を聞いて お見舞いにいらした陛下が、お妃様のご様子を ご覧になって、殿下に会わせてやれと――」 驚き 頬から血の気が引いた氷河に そう告げた氷河の母付きの女官は、自分の女主人の死期を悟っているのだろう。 彼女の瞳は涙で濡れていた。 常に謀反の疑いをかけられている王子と、王に対して強い影響力を持っている寵妃の会見には いつも複数人の見張りがつくことになっていて、こんな時にさえ――こんな時だからこそ、氷河は母に滅多なことは言えなかった。 おそらく、これが永の別れになる。 母と子は、二人に許されている限りの時間、ただ無言で見詰め合っていた。 口を開いても、言葉は出てこなかっただろう。 ただ見詰め合い――いつまでも見詰め合い、そして氷河は眼差しで 母に別れを告げたのである。 ――永別の。 |