「相手は黄金聖闘士様だからなー。100点満点のテストで29点評価なんてもらったの、生まれて初めてのことなんじゃないか? 29点って、つまり赤点だろ、落第点。瞬の採点は厳しすぎるんだよ。アフロディーテが寝込むのも仕方がないってゆーか、何てゆーか」
『魚座の黄金聖闘士、病床に伏す』の報に接しても、星矢はそれを自分のせいだとは思わなかった。
悪いのは、“ものすごい情報”に浮かれて アフロディーテと瞬がデートをするという事態を招いた自分ではなく、氷河の白熱した講義内容を実戦に活かしきれなかったアフロディーテ自身であると、星矢は信じて疑わなかったのである。
むしろ星矢は、デートのテストで落第点をとったくらいのことで寝込んでしまうというのは、アテナの聖闘士の中でも最高位にある黄金聖闘士としては あまりに精神的に脆すぎるのではないかと、アフロディーテの思わぬ惰弱に呆れてさえいた。

だから、紫龍が、真面目な面持ちで、
「それだけではないような気がする」
と言ってきた時、星矢には すぐには その言葉の意味がわからなかったのである。
「え? どういうことだよ。デートの落第点以外にも、アフロディーテが寝込む理由があるってのか?」
星矢が尋ね返すと、紫龍は いかにも不本意と言いたげな顔つきで、仲間に首肯してみせた。
「うむ。これはあくまでも俺の推測に過ぎないんだが……。アフロディーテは、強いもの力あるものこそが真に美しいものだという考えの持ち主だ。そして、瞬は、アフロディーテに勝ったことのある 数少ない人間の一人で、おそらく その数少ない人間の中では最も美しい人間だろう。アフロディーテは美しさというものに何にも勝る価値を置いている男で、だから――」
「おい、それって、アフロディーテの恋わずらいの相手が瞬だったってことか?」

紫龍の言わんとするところを やっと理解した星矢が、少しだけ慌てた様子を見せる。
あくまでも少しだけ。
失恋で病の床に伏した黄金聖闘士をネタに“どんちゃん”するわけにはいかないと考える程度の分別と思い遣りは、星矢も持ち合わせていたのだ。
「アフロディーテは、その瞬に落第点を言い渡されてしまったんだ。瞬とのデートはアフロディーテにとってはテストではなく本番だったというのに」
「それは きついな……。アフロディーテが寝込んじまっても仕方ないかもしれない。もともとアフロディーテには分の悪いテスト――いや、本試験だったわけだし……。なにしろ大ベテランの氷河と比べられるんだもんな」
「氷河は、瞬の好みも性格も価値観も把握し尽くしているからな」
「その上で、毎回サプライズ。考えてみりゃ、氷河って偉大な男だよなー。ぽっと出の黄金聖闘士ごときが氷河に太刀打ちできるわけがないんだ」
「表向きは本試験ではなくテストだったことにしておいてやるのが、我々にできる唯一のことだな。それが武士の情けというものだ」
「ん。この件は もう蒸し返さないようにしといた方がよさそうだな」

黄金聖闘士に比べれば はるかに一般常識を備えている青銅聖闘士の間では、そう話がついていたのである。
これ以上アフロディーテの傷をえぐることのないよう、この件 及び その採点結果は 秘密裏に行なわれた非公式イベントとして、闇から闇に葬ってしまおうと。
にも関わらず、瞬とアフロディーテのデートの件 及び その採点結果が聖域中に知れ渡ってしまったのは、病の床でアフロディーテが繰り返した うわ言のせいだった。
黄金聖闘士が病の床に就くという珍しい事態を 見舞いという名目で見物にやってきた彼の仲間たちが、アフロディーテの繰り返す『29点、29点』の謎の解明に乗り出し、ついに真実に辿り着いてしまったのである。

その後 起こったちょっとした騒ぎは、アフロディーテの同僚たちが 揃いも揃って自らの力に それなりの自負を持つ黄金聖闘士だったために起こった騒ぎだったと言っていいだろう。
彼等は、自分ならアフロディーテより よい点を取れると言い張って、瞬とのデート(というより採点)を 極めて強硬に求めてきたのだ。
はじめのうちは 黄金聖闘士たちとのデートなど もう嫌だと言い張っていた瞬が、結局折れることになったのは、自分の点数と順位にこだわる黄金聖闘士たちのしつこさに辟易したことと、『とにかく一度デートしてやれば、彼等は満足するだろうから』という紫龍の説得、『あれだけいたら、誰か一人くらいは おまえにプレッツェルを食わせてくれるんじゃないか?』という星矢の希望的観測のせいだった。

希望者多数により、デートの順番は くじ引きで決定。
かくしても瞬の過酷な十二宮制覇が始まったのである。






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