氷河と瞬付きの小間使いの話では、最初に さらわれた娘と二番目にさらわれた娘は、既に亡くなっているということだった。
「会って話をしてもらえそうなのは、7番目に――最後に さらわれて帰ってきた娘くらいだろうね。会ってもらえるかどうかは、袖の下次第だけど。あの家の者たちは、信じられるものはもう金だけなんだ」
そう言って、彼女は、最後に生還してきた娘の家を瞬たちに教えてくれたのだった。


宿の小間使いの助言に従い、相応の謝礼金を持って氷河と瞬が向かった、最後の――7番目の犠牲者の家。
9ヶ月前に吸血鬼にさらわれ、3ヶ月前に両親の許に帰ってきたという その娘は、現在 19歳だということだったが、とてもそうは見えなかった。
どれだけ若く見積もっても、55、6。
目は落ち窪み、髪は ほとんどが白髪。肌は干からびて、骨と皮だけになっている。
もちろん、手も首も老人のそれ。
どう見ても、両親の方が若く見えた。
今の欧州の農民の平均寿命が55、6だということを考えると、今の彼女は既に自分の人生の晩年を生きていると言っていい状況だった。

袖の下を奮発したおかげで、瞬たちは彼女に会うことだけはできたのだが、彼女は、氷河と瞬が何を訊いても満足な答えを返してはくれなかった。
記憶を失っているわけではないようだったが、その記憶自体が曖昧なのか、あるいは人に言えないようなことがあって語りたくないのか。
ともかく、彼女はほとんど言葉らしい言葉を瞬たちに聞かせてくれなかった。
母親が娘に何事かを耳打ちすると、娘は老婆のようにしゃがれた声で 母親にだけ聞こえるように短く何かを告げる。
さらわれた娘が、瞬たちのためにしてくれたことは それだけだった。
もっとも瞬は、それだけでも、自分が娘に対して ひどく残酷なことをしている気持ちになったのである。
興味本位で異国にやってきた(ことになっている)外国人に、20歳前の娘が 老婆のような姿をさらしてみせてくれたのだ。
その心情を思うと、瞬の胸は罪悪感でいっぱいになった。

娘は、その姿を見物人に見せるだけ。
話は、主に、娘より若く見える母親が語ってくれた。
その内容は、瞬たちが宿の小間使いから聞いたものと ほぼ同じで、瞬たちは、7番目の犠牲者の家で それ以上の情報を得ることはできなかったが。

娘の両親は、既にすべてを諦めているようだった。
領主であるカタリン夫人が吸血鬼の正体なのだとしたら、領主に訴え出ることはできない。
かといって、娘と その両親は教会に訴え出る気もないようだった。
彼等の消極的な対応は、下手に訴え出て 娘が持ちかえった金や宝石を没収されるようなことは避けたいという気持ちが働いているせいもあるようだったが、娘が それだけはやめてくれと強硬に言い張るせいでもあるらしい。
一家は、娘が持ち帰った宝石で不自由のない生活はできているようだったが、それは“自分の畑を持たない農奴としては十分”という程度のものだったらしく、彼等は特別に贅沢な暮らしをしているわけでもない。
娘の家族が暮らしている家は、この村の平均的農家のそれと同じ、いわゆる苫屋とまやだった。

娘の余命は、おそらく親の余命と同じくらいである。
あと数年 もつかどうかというところだろう。
その家で“若い”と言えるのは、娘の14歳になる弟 ひとりだけ。
家族の唯一の希望といえる その弟のためにも 面倒事は避けたいというのが、彼等の考えのようだった。
氷河と瞬は、思いがけない災難のせいで運命を狂わされた不幸な家族の家を、ひどく暗い気持ちで あとにしたのである。






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