ハーデスは、想像の上をいく瞬の美しさに浮かれてもいたが、それ以上に心が急いてもいた。
瞬の美しい身体が自分以外の男に蹂躙されていること、何より 瞬がその心を自分以外の人間に委ねきっていることが たまらなく不快で許せない――のだ。
「本格的な戦闘に入る前に、この余の手で、まず あの氷河を――キグナスの聖闘士だそうだが――片付けておかねば」
「ハーデス様が自ら お出ましにならずとも、そのようことは冥闘士たちが――」
パンドラは、瞬の姿をしたハーデスの言葉に首肯しかねる素振りを見せた。
「そうはいかぬ」

パンドラの言う通り、キグナスを瞬の前から消し去ることは、冥闘士の力で十分に為し得ることである。
しかし、そんな始末の方法では ハーデスの気が済まなかったのである。
ハーデスにとってキグナスは、アテナの聖闘士であるより先に、瞬の心身を自分のものとしている傲慢で許し難い一人の男だったから。
「余の瞬に やりたい放題をしている身の程知らず、余が この手で葬り去ってやらねばなるまい。瞬に余の姿を見せてもやりたいしな」
「ハーデス様のお姿――とは、瞬の姿ではなく? ハーデス様ご自身の?」

瞬に瞬の姿を見せて、どうなるというのか。
馬鹿なことを訊いてくるパンドラに、ハーデスは少々不快を覚えた。
だが、今は そんなことよりも、キグナス――氷河の抹殺こそが、何にも優先して果たされなければならない課題である。
「あのような青二才より、余の方が力もあるし、美しい。瞬も、余の姿を見たら、快く余の手に その魂と身体を委ねるであろう」

本来なら10年前に為しておくはずだったこと。
遅くなってしまったが、しかし それは 遅くなったから効がない――ということでもないだろう。
一人で そう決めつけて、ハーデスは再び地上に向かったのである。
瞬の澄んだ瞳、美しい姿には幾度でも接したかったし、鬱陶しい金髪の男は1秒でも早く瞬の側から取り除きたかった。






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