さて。お待たせしました。
そういう経緯で、悪い予感に打ち沈み暗くなってたエティオピア宮廷に颯爽と登場するのが、言わずと知れた(?)我等が氷河王子です。
氷河王子は、ギリシャよりちょっと北にあるヒュペルボレイオスの国の王子様で、金髪碧眼の とても美しい青年でした。
『登場するのが遅すぎるんじゃない?』なんて文句を言ってはいけませんよ。
白雪姫の王子様もオーロラ姫の王子様も、お話の最後の最後で登場し、おいしいところを一人でさらっていってしまいましたよね。
本物の王子様というのは そういうものなのです。

とはいえ、氷河王子は、エティオピアの国に 星の妖精の呪いを受けた王子様がいることも、瞬王子が呪いのせいでアンドロメダ姫になったことも知らずに、のこのこエティオピア王宮にやってきたのですが。
実は 氷河王子は、エティオピアの一輝王子が大変な剣の使い手だという評判を聞いて、一輝王子に決闘を申し込むために、北の国から はるばるやってきたのでした。

「決闘 !? こっちは、それどころじゃないんだ、追い返せ!」
仮にも一国の王子に そんなことを言うのは失礼なので、一輝王子は 目の前に立つ氷河王子を無視して、自分の従者に そう命じました。
氷河王子は従者を連れず 一人で遠征してきていましたので、
「怖気づいたのか」
と、自分で答えてきました。
それでなくても いらいらしていた一輝王子は、氷河王子の愚弄 兼 軽侮 兼 挑発の言葉に、忌々しげに舌打ちをしたのです。
「俺は今、すこぶる機嫌が悪いんだ。殺されたくなかったら、さっさと自分の国に帰って石油堀りでもしていろ!」
氷河王子の故国ヒュペルボレイオスは、エティオピアと違って気候寒冷。
農作物はあまり育ちませんが、石油石炭鉄鉱石等の地下資源が豊富で、とても豊かな国です。

「決闘の申し込みから逃げるとは卑怯千万。貴様こそ、果樹園にでも出て、オレンジもぎでもしていたらどうだ!」
対照的に、エティオピアは、冒頭でもお知らせした通り、飢えを知らない農業国。
本来、エティオピアとヒュペルボレイオスは 自国にないものを相手国から輸入し合う友好国同士でした。
残念ながら、国同士が仲良しなら 王子様同士も仲良しになれるというものではないようでしたが。
売り言葉に買い言葉で、剣を使っての決闘どころか、王子様たちには ふさわしくない取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな一触即発の緊急事態。
そこに駆けつけてきたのは、瞬王子です。
お城の広間で 意地を張った幼い子供たちのように睨み合っている二人の王子様の間に、瞬王子は割り込んでいきました。

「決闘なんてしちゃ駄目です。もちろん、喧嘩も駄目。憎み合っているわけでもないのに傷付け合うなんて馬鹿げてます。力っていうのは どんな力でも、無意味な戦いをするためじゃなく、大切な人を守るために身につけるものでしょう」
「何だ、おまえは。力で大切な人を守れるものか。俺の母は、馬鹿なガキだった俺が真冬の海で溺れかけたのを救うために死んだ。母は綺麗で優しいだけで、力なんて持っていなかった」
「それは愛の力です。世界でいちばん強くて素晴らしい力。あなたは、だったら なおさら、お母様からもらった命を大切に生きなくては」
「……」

瞬王子が優しく強く告げた言葉に、氷河王子は ちょっと混乱してしまったのです。
突然 現われて、名乗りをあげていない氷河王子はともかく、この国の王子に物怖じした様子もなく二人のいさかいを たしなめ始めた華奢な子供。
その子供が、自分の母を素晴らしい力の持ち主だったと言ってくれていることは わかったのですが、その言葉は、解しようによっては、ヒュペルボレイオスの王子がエティオピアの王子に負けて命を落とすと予見しているようにもとれる発言でした。
もし そうなのであれば、その侮辱に反論しなければなりません。
氷河王子は、二人の王子の間に割り込んできた子供の発言の真意を探るため、瞬王子の顔を覗き込みました。
そして、瞬王子の綺麗な瞳に出会って、氷河王子の心臓はどきんと大きく撥ねあがってしまったのです。

こんなに綺麗で可憐なお姫様がエティオピア王宮にいたなんて、氷河王子は ちっとも知りませんでした。
というより、氷河王子は、剣を使えない お姫様になど 全く興味がなかったのです。
でも、今、突然 その興味が湧いてきました。
そして、一輝王子との決闘のことなど どうでもいい気持ちになってしまったのです。
ちなみに、瞬王子は王子様の服を着ていました。
それでも氷河王子の目には、瞬王子はお姫様に見えていました。
実際、目覚めている時の瞬王子はお姫様だったので、それは至極 当然のことなのですけどね。

「こんなに綺麗な姫君が、なんで男の服を着ているんだ?」
瞬王子の澄んで きらめく瞳から、氷河王子は目を逸らすことができませんでした。
ぼうっと瞬王子を見詰めながら、ぼんやりした独り言を呟くように氷河王子は言いました。
「男だからだ。決まっているだろう」
瞬王子から視線を逸らせずにいる氷河王子の様子が気に入らなかったらしい一輝王子が、吐き出すような口調で答えます。
「嘘だろう」
「僕、男です」
「おまえが そう言い張るなら、そういうことにしておいてやってもいいが……」
きっと これは何かのおまじないかゲームの類なのだろう。
氷河王子は そう考えて、瞬王子の主張を(とりあえず)受け入れてみせました。もちろん、形だけ。
当然です。
氷河王子の目の前にいるのは、心は王子でも、姿は――身体は――美しいお姫様なのですから。

それが本心からのものではなく 形ばかりの是認だということは、おそらく瞬王子にもわかったのでしょう。
瞬王子は 少し寂しげに微笑して、
「せっかく北の国からエティオピアまでいらしたんですから、しばらくこのお城に滞在していってください。決闘は絶対に駄目ですけど、剣のお稽古の相手なら、僕が務めますよ」
と、氷河王子に言ったのでした。






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