エティオピア王宮の者たちは、瞬王子のアンドロメダ姫を 普段は瞬王子と呼んでいたのですが、話の流れでアンドロメダ姫と呼ぶこともありました。
それを漏れ聞いて、氷河王子は 瞬王子が姫君だと確信することになったのです。
ですが、だとしたら なぜ アンドロメダ姫は 自身を王子だと偽るのでしょう。
その謎を解明するために、氷河王子は、当初の目的だった一輝王子との決闘のことはそっちのけで、瞬王子のあとをつけまわし始めました。

瞬王子と一緒にいれば、瞬王子が 清らかで優しい心の持ち主であることが 嫌でもわかってきます。
氷河王子は、坂道を転げ落ちる毬のように、瞬王子に惹かれていきました。
瞬王子より決闘に乗り気でないようだった一輝王子が、突然気が変わったのか、決闘の申し込みを受けると言い出した時も、
「ああ、悪い。その気がなくなった。瞬の言っていた通り、剣の強さなど競っても無意味だ。この世で いちばん強い力は愛の力だ」
と答えるほど。
氷河王子は、瞬王子が『絶対 駄目』と言っていたことを強行して、瞬王子に嫌われるようなことは避けたかったのです。
さっさと決闘を済ませて 氷河王子をエティオピアから追い払おうとしているような一輝王子の態度も 気に入りませんでしたしね。

氷河王子は幾度も、瞬王子を、
「アンドロメダ姫」
と呼んで かまをかけてみたのですが、瞬王子は、氷河王子のかまかけに一度も引っかかりませんでした。
アンドロメダ姫と呼ばれるたび、瞬王子は毎回、
「僕のことは瞬と呼んでください。僕は男です。エティオピアの王子です。兄さんの弟です」
と、氷河王子に訂正を求めてきました。
それ以外のことでは いつも素直で大人しい瞬王子が、そのことに関してだけは、びっくりするほど頑固。
瞬王子が そんな見え透いた嘘をつく理由が、氷河王子には どうしてもわかりませんでした。

「どうして そんな見え透いた嘘をつくんだ」
「嘘じゃありません」
「なら、証拠を見せろ」
「しょ……証拠を見せるなんて、そんなことできるわけないしょう……」
氷河王子は 決して“証拠”を見たかったわけではありません。
氷河王子はただ、瞬王子に嘘をつかれていることが嫌だったのです。
悲しかったと言ってもいいかもしれません。
誰だって、自分の好きな人に嘘をつかれたら悲しいですよね。
自分は その人が大好きで、正直に誠実に接したいと思っているのに、その人は そう思ってくれていないなんて、こんな悲しいことがあるでしょうか。

氷河王子は、瞬王子のアンドロメダ姫が 王子だという証拠や姫君だという証拠が見たかったわけではなく、ただ瞬王子に嘘をつかれていることが悲しかっただけ。
ですから、証拠を見せろと迫られた瞬王子が、
「本当に僕は男なんです」
と言って、その瞳から ぽろぽろと涙を零し始めるのを見て、とても慌ててしまいました。
氷河王子は瞬王子が好きなだけで、いじめたり泣かせたりするつもりはなかったのです。
絶対に、そんなつもりはありませんでした。

「な……泣かないでくれ。おまえが そう言うなら、俺はおまえが男でも女でも どっちでもいいんだ。おまえの瞳が澄んで綺麗なことに変わりはないんだから」
「え……」
「俺の目には、おまえは綺麗なお姫様に見える。だが、おまえが そう言うなら――俺は、俺の目より おまえの言葉を信じよう」
「氷河……」
氷河王子のその言葉に驚いたように、瞬王子が 涙でいっぱいの瞳を見開きます。
氷河王子の顔を見上げて 2、3度 瞬きをし、それからやっと ほんのりと嬉しそうに笑ってくれました。
まだ少し涙が残ってはいましたが、瞬王子の はにかむような微笑を見て、氷河王子は瞬王子より明るい笑顔になりました。

氷河王子が 瞬王子に――それともアンドロメダ姫に?――すっかり心を奪われてしまっているのは、誰の目にも明らかなことでした。






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