星矢と紫龍は、午前と午後のお茶の時間に3課にやってきて、瞬のお茶を堪能しながら 他愛のない(だが、時に ひやひやするような)世間話をするのを日課にしていた。
そのティータイムは、しばしば1時間以上の長きに及ぶ。
彼等は確かに多忙ではない。
そして、そんな彼等に付き合っていられる3課の課員も、当然 多忙ではない。
人材の墓場は、そして 人材の墓場のOBたちが在籍する資料室も、本当に することのない部署だった。

「いつ入るか わからない緊急コールに応じさえすれば、普段は何をしていてもいいの。財団が法人で会員契約しているジムや保養所もあるから、もし興味があるなら行ってみて。社外研修に行くのも自由だよ。読みたい書籍かあったら好きに購入して。出社や退社の時刻も自分で決めることのできるコアタイムなしのスーパーフレックスで、休暇も好きなだけとっていいの」
「何だ、それは」
依願退職させたがっている社員への待遇としては、あまりの厚遇。
瞬の説明に、氷河はむしろ呆れてしまったのである。
企業に益をもたらす業務を行わないことに負い目や引け目を感じない人間には、人材の墓場は むしろ天国ではないかと。

自己負担ゼロで利用し放題のジムはなかなか魅力的で、実際 氷河は その会員制高級ジムを幾度か利用してみた。
さすがに、いくら自己負担ゼロでも ロジカルシンキング研修だのプロジェクトマネジメント研修に出掛けて行く気にはなれなかったが。
氷河には、いつ役立てることができるのかわからない研修に出掛けていくことは無意味無駄としか思えなかった。
瞬には『会社からの呼び出しに応じさえすれば、毎日自宅で寝ていてもいい』とまで言われたが、にもかかわらず氷河は 毎日9時には出社した。
瞬の姿を見ていたかったから。

瞬がどういう人間なのを知るにつれ、瞬に対する“得体のしれない女子高生もどき”という氷河の認識は徐々に薄らぎ、やがて完全に消滅した。
瞬は聡明で優しく、瞬との会話は心地よかった。
その上、いれてくれるお茶はいつもおいしい。
仕事がなくても、瞬のいれたお茶を飲みながら 瞬と話しているだけで、瞬を見ていられるだけで、瞬の側にいるだけで、一日は あっという間に過ぎていった。
日が経つにつれ、氷河は、瞬に会うことのできない休日や平日の夜の方を『長い』と感じるようになっていったのである。






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