「ほんとは、俺も忘れかけてたんだけどさ。天蠍宮で おまえの大量の涙を見た時に思い出したんだ。それに瞬が――ほら、瞬は おまえをずっと いちばん好きでいなきゃならないって思い込まされてるわけじゃん。だから、瞬は そのせいで、あの時 おまえを救うために命を投げ出したんじゃないかと思ったんだよな、俺」
「……」

氷河は、幼い頃のその出来事を、どういうわけか すっかり忘れてしまっていた。
完全に自分が望む通りの成果と結末を手に入れて満足し、特段の未練や後悔を抱く必要がなかったからなのか、人前で大泣きした事実を忘れたかったからなのか、あるいは他に何らかの忘却の要因があったのか。
それは氷河自身にもわからなかったが、彼がその出来事をほぼ完全に忘れてしまっていたことは紛う方なき事実だった。

「俺が思うに、瞬はさ、あの時 おまえに呪いをかけられたんだよ。おまえをずっといちばん好きでいるって呪い」
「星矢、せめて暗示をかけられたとか、強迫観念を持たせられたとか言ってくれ。思い込まされたとか、洗脳されたとか、他に言いようはいくらでもあるだろう。呪いなんて非科学的すぎる」
紫龍が、星矢の用いた『呪い』という言葉には物言いをつけても、それ以外の点には言及しないところを見ると、星矢が語った物語に、紫龍の記憶と大きく相違するところはなかったのだろう。
蘇ってきた氷河の記憶も、星矢の証言にほぼ一致していた。

「実際 非科学的なんだから仕方ないだろ」
紫龍のクレームを一蹴し、星矢が氷河の方に向き直る。
そして、星矢は確信に満ちた口調で言い放った。
「だから、瞬は 自分の意思とは関係なく、おまえをいちばん好きなんだと思い込んでるんだよ。聖闘士になって再会してからも、おまえの呪いは有効。おまえに好きだと告白されたら、当然 瞬も『好きだ』と答えなきゃならない。で、そう答えて、今に至る」

『なぜ瞬は俺なんかを好きなのか』
めでたく謎の答えに行き着くことができたというのに、氷河の表情は浮かないものだった。
当然である。
氷河は、そんな答えなど望んでいなかったのだから。
『白鳥座の聖闘士の瞬を好きだという思いの強さが 瞬の心を動かしたのだ』とか、『白鳥座の聖闘士の誠意が瞬に通じたのだ』とか、そういう答えを氷河は期待していたのだ。
だというのに。

「……瞬は、その思い込みのせいで、俺のために命を捨てようとしたというのか……」
氷河には、それは、決して喜ばしいことではなかった。
もちろん、幸運でも幸福でもなかった。






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