春の微風、春の陽光、春に咲く花。 花よりも花めいて繊細な姿を持った瞬が男。 それは、諦めるとか奪い取るとか以前の問題だ。 瞬の姿を見たことがない奴が 俺の恋の顛末を聞いたら、腹を抱えて笑うに違いない。 笑えるものなら、俺だって笑い飛ばしてしまいたかった。 だが、男だと知らされて『なんだ、そうだったのか』で笑って忘れ去るには、瞬の印象はあまりに鮮やかすぎて――俺は瞬を忘れられなかった。 寝ても覚めても、昼も夜も、瞬の姿、瞬の声、瞬の表情、瞬の瞳が、俺の脳裏から消えてくれない。 空を見ても、花を見ても、風に吹かれても、何もかもが瞬を思い起こさせる。 俺は、イメージの宝庫である瞬を自分の側に置きたいと思っただけで、それ以上の――男女のことなんて考えてもいなかったんだから、いっそ瞬を殺して、氷漬けにでもして、俺の側に置いておけばいいんじゃないかなんて、そんな物騒なことまで考えた。 だが、そんなことをしたら、俺は瞬の美しさの源である瞬の魂を感じることができなくなってしまうだろう。 俺は瞬の形だけに惹かれたわけじゃない。 死んだ瞬には何の価値もない。 瞬が氷河の彼女未満だというのは、今にして思えば、俺を牽制するための嘘――いや、言葉の綾だったんだろう。 星矢は、『氷河は瞬に執着している』とは言っていたが、『氷河は瞬に恋をしている』とは言っていなかった。 氷河が瞬に向ける好意と独占欲は、自分が瞬のいちばん近しい友でいたいと願う気持ち――そういう種類のものだったんだ、多分。 俺は家に帰らず、1週間 事務所に閉じこもり、落ち込めるだけ落ち込んで、8日目の朝に 瞬と過ごした あの図書館に出掛けていった。 いつもの時刻になっても瞬は現れず、半日待っても、俺は瞬に会うことはできなかった。 サオリサンとやらに頼まれた瞬の仕事は終わってしまったらしい。 そして、俺は、瞬のことは、その名と姿しか知らなかった。 住所も、電話番号も、中学か高校に行っているはずの15、6歳の男の子が なぜ平日の日中 毎日図書館に通えていたのかも。 瞬のことを何も知らない自分に気付いて、俺は呆然とした。 ――人との深い付き合いを避けていた俺には、初めての恋を失ったことは深く大きな痛手だった。 それから3ヶ月、俺は悶え苦しみ、半年以上、何かの形を考えることもできなかった。 デザインは、子供の頃からの 俺の唯一の趣味で、唯一の特技で、生き甲斐でもあったのに。 半年 煩悶して――俺は、その苦しみをデザインに昇華することを覚えた。 最初のうちは、暗く陰鬱な作品ばかり、だが、失恋の痛手が薄らぎ、思い出すのが瞬と過ごした短い幸福な時間になるにつれ、俺の作り出す形と色は少しずつ明るさを取り戻し始めた。 自分では意識していなかったんだが、瞬に会う以前はシャープが売りだった俺のデザインは、徐々に優しく温かいイメージに変わっていったらしい。 そして、それは現代という時代にマッチしていたらしい。 人間関係が希薄だから温かさが求められる時代――それが現代という時代だった。 デザインに吹き込む魂は優しい方がいい――。 俺が瞬に惹かれたのも、瞬の魂が優しいものだったからだったんだろう。 瞬に出会ったことも、失恋したことも、決して無駄な経験ではなかった――ということか。 人を変えるものは、つまり血肉を持った温かい人間と触れ合うことで、たとえネット上だけでの関係でも、画面の向こうにいるのは温かい血と肉と、それがどんなものであれ 心を持った人間なのだということに、遅ればせながら俺は気付いた。 |