氷河は自分のしたことを後悔しているようだった。 そして、氷河が仲間に何をしようと、それが悪意や害意から出たことであるはずがない。 これ以上 拗ねた子供のように自室に閉じこもり、仲間たちに顔を見せずにいると、氷河に気まずい思いをさせ、星矢たちに心配をかけてしまうかもしれない。 一晩かけて やっと瞬がまともな形にすることのできた考えは それだった。 何もなかったように振舞ってみせれば、氷河の瞳の中の後悔の色を少しは薄らげることもできるかもしれない――。 混乱はまだ完全に収まってはいなかったが、ともかく氷河のために、翌朝 瞬はいつもの時刻に自室を出たのである。 そんな瞬に ラウンジのドアを開けることをためらわせたのは、恐れや気後れではなく、僅かに隙間を作っていたドアの向こうから響いてきた沙織の苛立ちを含んだ大きな声だった。 「またなの? 氷河、私はボランティアで神サマをしているわけではないのよ。いい加減にしてちょうだい!」 「また? またとは、どういう意味です」 ラウンジで沙織に怒声を響かせたのは、どうやら氷河だったらしい。 昨日の後悔を引きずっているらしく、氷河が ほとんど生気の感じられない声で、沙織に尋ね返す。 「ああ、忘れているんだったわね」 氷河に問われた沙織の声からは 少し険しさが消え、その分 彼女の声は嘆息めいたものに変化した。 「瞬、どうしたんだ? 具合いはよくなったのか?」 氷河は 沙織に何を言い、沙織は 氷河の何に怒っているのか。 ドアの前で戸惑っていた瞬に、星矢が声をかけてくる。 星矢と その隣りに立つ紫龍に怒声で答えを返したのは、瞬ではなく 室内にいた城戸沙織こと女神アテナだった。 「とにかく、私はもう、あなたの面倒は見切れません!」 「沙織さん、どうしたんですか」 早朝から機嫌最悪らしい沙織の声に 目を丸くした星矢の横から手をのばしてドアを開け、紫龍が室内に入っていく。 紫龍に続いて星矢が、そして瞬も、少しびくびくしながら そのあとに続いたのである。 「どうしたも こうしたも……!」 彼女の聖闘士たちを出迎えたのは、案の定、沙織の苛立ちが極まっているような沙織の声。 そこには 沙織と、当然のことながら氷河がいて、彼は瞬の姿に気付くと、昨日と同じように後悔の色を帯びた瞳で瞬を見詰め、そうして瞬の上から視線を逸らした。 氷河の様子が あまりに苦しげに見えて、瞬は胸が痛んだのである。 悪意や害意から、氷河があんなことをしたはずがない。 それがわかっているから――氷河の苦しそうな様子は 瞬の胸を苦しくした。 「瞬、これは あなたが解決するしかない問題だわ。あなた、氷河をどうにかして」 そんな瞬に、一度大きく深呼吸をしてから 沙織が命じてくる。 事情が全く飲み込めていない瞬には、自分が沙織に何を命じられたのかが そもそも わからなかった。 「ど……どうにかと言われても――あの……氷河がどうかしたんですか」 「銅貨も金貨もないわ。氷河が、また 記憶を消してくれと言ってきたのよ」 「また?」 『 沙織の発言の意味がわからず、瞬は――星矢と紫龍も――眉根を寄せたのだが、その場には、瞬と星矢と紫龍以外にもう一人、彼等と同じようなリアクションをとった男がいた。 それは他の誰でもない氷河――以前にも同じことを沙織に頼んだことがあるらしい某白鳥座の聖闘士だった。 そんな氷河を見て、沙織が溜め息を洩らす。 長い溜め息を最後まで吐き出し終えてから、沙織は、彼女が朝から ご機嫌斜めになった事情を 彼女の聖闘士たち(含む氷河)に説明してくれたのだった。 |