きっと こうなることを見越して、瞬は余計な防寒具を身に着けていなかったんだと、俺は一人で勝手に決めつけた。 さほど広くない俺の部屋は 小さなストーブ一つで十分に暖かい。 それでなくても薄着の瞬から衣服を引き剥ぐことに、俺は躊躇を覚えなかったし、瞬も俺に為されるままでいた。 瞬は まるで、俺にこうされることに慣れているようだった。 身に着けていたものを すべて取り除かれた瞬の身体は既に 愛撫もいらないほど熱く やわらかで、にもかかわらず、まるで何もかもが初めてのように――はっきり言えば、処女のように――瞬は その行為に不慣れだった。 瞬は とにかく俺に きつくしがみついて離れたがらないんだ。 俺の背や腕や首に腕を絡めて、瞬の身体を愛撫したい俺の邪魔をする。 愛撫で身体を燃え立たせられることなど求めていないかのように――体温を与え合うことだけを求めているように――とにかく二人の身体を寄せ合っていようとする。 瞬がそうしたいのならと、俺は瞬に逆らわずにいた。 だが、それも5、6分が限度。 熱く やわらかい瞬の身体、吸いつくような肌の感触。 ただ身体を密着させているだけでも、俺は刺激され、興奮させられた。 瞬は俺に愛撫を求めないくせに、瞬自身は その熱とやわらかさで俺を愛撫しているようなものだった。 大して時間も経たないうちに、俺は かなり危険な状態になっていて――俺は厚顔にも、瞬に俺の身体を――下半身を押しつけて、そろそろ限界だということを知らせてやったんだ。 いったい瞬は 「あ……」 瞬は、すぐに俺の意図を察してくれたようだった。 俺の背にまわしていた腕を解いて俺を解放し、瞬がシーツの上に大人しく身体を横たえる。 俺は、やっとまともに瞬の裸体を見ることができると歓喜し、まともに瞬の裸体を見て、更に歓喜した。 白い肌、しなやかな肢体、瞬は何もかもが素晴らしく綺麗だった。 誰かと比べて そう思ったわけではなかったが、誰よりも。 俺の指や手が 既に瞬の肌の素晴らしく快い感触を知ったあとだったから、それは俺の目に なおさら美しく映ったのかもしれない。 ただ、同時に俺は、この細い身体で 瞬が俺を受けとめるのは無理だろうとも思ったんだ。 男と寝た経験などないが、それくらいは俺にも察しがついた。 瞬は細くて――瞬の身体は しなやかで熱いが、あまりにも細くて――手足の長さだけは思春期に至っているが、その細さは学童期の子供のそれだった。 だから 俺は瞬との交合を諦めて、瞬の頬に手を添え その瞼や唇にキスをして、瞬の肌の感触に溺れることで何とか自分の激情を紛らわせようと考え、再度 瞬の身体を抱きしめようとしたんだ。 「氷河……?」 俺は男とこんなことをするのは初めてだが、瞬は男と寝るのは これが初めてじゃないんだろう。 こんなに無垢で清潔そうな肢体を持ちながら、それだけのことで、瞬は俺の諦めを悟ってしまったようだったから。 俺が、顔も知らぬ その男(もしたしたら、男たちか)に嫉妬しなかったと言えば、それは嘘になるが、こればかりは仕方のないことだ。 俺は、瞬を待っていることしかできない男だったんだから。 『捜す当てがないから』という詰まらない理由で、俺は瞬を捜すためのどんな行動も起こさずにいた男なんだ。 顔も知らぬ男への俺の嫉妬は 決して穏やかなものではなかったんだが、俺は まもなく俺の中に生まれた激しい嫉妬の相手などしていられなくなった。 瞬が――俺の諦めに気付いたらしい瞬が、俺の背にまわしていた手指の熱を一層増して、おずおずと――本当に 恐る恐るといったふうに、その脚を開き始める。 そして、少しずつ膝を立てて――これは、そういう意味なのか? 瞬は、俺に、この細い身体に無体をしてもいいと言っているのか? 瞬の意思を確かめるために、俺は瞬の顔を覗き込んだんだ。 途端に――二人の目が合った途端に、瞬は 頬を真っ赤に染めて脚を閉じ、全身を硬く強張らせ縮こまらせてしまった。 それでなくても見知らぬ男への嫉妬に苛まれ、いったい どんな短小野郎なら この瞬にそんな無体を強いることができるんだと 腹の中で毒づいていた俺は、瞬のその誘いと拒絶の合わせ技に抑えがきかなくなってしまった。 瞬の その大胆なんだか臆病なんだかわからない一連の仕草は、どんな巧みな愛撫より 俺の心と身体を刺激した。 瞬の足首を掴み、広げる。 瞬の小さな悲鳴を無視し、瞬の両脚を抱え上げて、俺は瞬の中に押し入った。 力任せに押し入ってから、瞬は大丈夫なのかと心配するなんて、俺はどこのガキだ。 だが、どれほど激しい情欲に支配されていても、そう心配せずにはいられないほど、瞬の肢体は細く華奢で弱々しい印象でできていたんだ。 俺の心配は、まったく無用のものだったが。 瞬は その全身が柔軟で――何というか、細く頼りなく、ちょっとした強い風にも抵抗できず すぐに倒れてしまいそうなほど大きく揺れ しなるのに、決して倒れることのない柳の木と その枝のようだった。 「ああ……っ!」 瞬が、全身を大きく のけぞらせ、苦しげな――むしろ 切なげな――声をあげる。 噛みしめられず 半開きになった唇は、瞬が痛みではなく 別の何かに支配されていることを示していた。多分。 そして、俺も、多分。 いや、俺は完全に。 すごい。なんだ、この身体は。 俺は喉の奥から低い呻き声を洩らした。 瞬が俺に吸いつく――絡みつく。 波打っているのは、俺のものか、それとも、俺に襲いかかり俺を絞め殺そうとしている瞬の中の肉か。 いくら中がやわらかいといっても、こんなに狭いのに、瞬は痛くないのか――。 あまりの心地よさに、俺は しばし動くことさえ忘れ、俺にこれほどの歓喜を与えてくれる瞬の身を案じた。 ある人間の楽が 別の人間の苦によって成り立っていたり、ある人間の幸福が 別の人間の不幸の上に築かれていたりすることは ままあることだ。 俺に これほどの快楽を与えるため、瞬は つらい奉仕に努めているんじゃないかと、俺は それを案じたんだ。 俺も馬鹿な心配をしたもんだ。 「あっ……ああ……ああ……氷河……っ!」 瞬が痛みを全く感じていなかったはずはない。 だが、それは別の何かに完全に打ち消されていた。 瞬は全身を桜色に染め、俺と つながっていることに狂喜していた。 そして、もっとしていいと瞬の身体が俺に知らせてくる――むしろ、せがんでくる。 瞬が苦しんでいないなら――それを欲しているのなら、俺には俺を抑える理由は何もなかった。 俺は瞬の中に沈み込んでは浮き上がり、揺さぶり、また沈み込むことを繰り返し――俺に攻め立てられながら、瞬の唇は俺の名を呼び続けていた。 瞬は ただ歓喜し、時に恍惚の表情を浮かべ、喘ぎ、泣き、更に俺を求めてくる。 俺は、俺の求めるものと瞬の求めるものが完全に一致していることに狂喜して、与え、求め、与えられ、求められ続けたんだ。 俺が瞬を俺の部屋に招き入れたのは――というより、運び込んだのは―― 一日のうちで最も暖かい――暖かいといっても氷点下だが――午後2時くらいのことだった。 午後4時にはすっかり日が暮れ暗くなる この季節、この土地。 俺が それを真夜中のことと思ったのは、単に部屋の灯りをつけていなかったせいで、正確な時刻がわからなかっただけだったのかもしれない。 瞬と身体を交わらせていることが心地よすぎて、時間の経過を判断する俺の器官が狂ってしまっていたからだったのかもしれない。 ともかく、俺が真夜中だと感じた その時刻、いつのまにか深い眠りに落ちていた俺は、瞬の小さな すすり泣きのせいで、ふと意識を取り戻した。 「氷河……氷河……僕、寂しいよ……」 俺の腕に 細い指を絡めて、瞬が泣いていた。 俺は、なぜ泣くんだと瞬に訊こうとしたんだが、その時の俺は 瞬にすべてを与え尽くしたあとで――むしろ すべてを吸い取られ尽くしたあとで――瞼を開ける力も残っていなかった。 心地よい満足感と虚脱感が、強い力で俺を眠りの中に引き戻そうとし、俺は その力に抗えなかった。 翌朝――俺は飯も食わずに眠っていたらしい――俺の横に瞬はいなかった。 |