写真の解析結果が届いた その日、絵梨衣が再び城戸邸にやってきたのは、写真の解析結果を聞くためではなかった。 なにしろ、城戸邸の青銅聖闘士たちは、その時はまだ 絵梨衣に写真の解析結果が出たことを知らせていなかったのだから。 そうではなく――その日、絵梨衣が再び城戸邸にやってきたのは、彼女の許に 謎の写真第二弾が届けられたからだったのである。 二度目に送られてきた写真は、氷河と瞬が城戸邸から外出する際のもの。 画像解析の専門家に『ある種の才能に恵まれた大物』というお墨付きをもらっていたカメラマンは、自分のカメラに日時表示の機能があることに気付いたのか、二度目の写真には 前回の写真にはなかった撮影日時が印刷されていた。 才能に恵まれた未熟な大物カメラマンのおかげで、城戸邸の青銅聖闘士たちは、それが数日前の早朝5時半前後に撮られた写真だと知ることができたのである。 「これも、例のお香の新ブランド絡みで出掛けた時の写真だよ。通常は非公開の香木を一般公開するっていうんで、京都の香木店に出掛けた時の。日帰り予定だったから、朝早くに出たんだ。こっちの写真は、国立博物館の表慶館に蒔絵を見に行った時のかな。早く出る必要はなかったんだけど、修学旅行の団体さんとかが来る前に 上野公園を散歩してから 博物館に行こうと思って、やっぱり朝早くに ここを出たんだ」 瞬の解説によって、写真に表示されている撮影時刻が間違いではないことが確定する。 冬の早朝、普通の人間なら――特段の予定のない人間なら――温かい布団の中から出ることも考えず眠っている時刻に、寒さをものともしない情熱にあふれた ある人物が、その写真を撮ったのだ。 その事実を事実として認めた時点で、その場にいた者たちの胸中には、ある一つの単語が浮かんできていた。 氷河が そのタイミングで あえて別の話題を口にしたのは、もしかしたら 彼がその単語を口にしたくなかったからだったかもしれない。 「沙織さんは、本当に人使いが荒い。聖闘士として 命がけのバトルに駆り出すだけでは飽き足らず、俺たちを使い走りとして こき使うんだからな」 「沙織さんは、おまえたちにデートの口実を提供してやっているくらいの考えでいるのかもしれないぞ。自分は なんて親切で気が利く女神なんだと、悦に入っているかもしれん」 「デートの口実? 親切心? なら、なぜ俺たちにレポート提出をさせるんだ」 好意的に過ぎる紫龍の推察に、氷河が渋面を作る。 それは形ばかりの渋面で、沙織の命令による瞬との外出を 氷河が心底から不快に思っているのではないことが、容易に見てとれるものだった。 氷河のその上滑りの渋面を本物の渋面に変えたのは、氷河や紫龍が あえて口にすることを避けていた“ある単語”を はっきり口にしてくれた某天馬座の聖闘士。 「それにしても 気持ちわりーな。氷河と瞬のストーカー? 瞬、おまえ、どっかで変なにーちゃんに目をつけられたんじゃねーのか」 星矢が気軽に口にした その言葉――『ストーカー』。 おかげで氷河の渋面は本物になったが、だからといって その単語を口にしてしまった星矢を責めるようなことは、氷河はしなかった。 『やはりそうか』と、『星矢でも そう判断するのか』と思っただけで。 そして、その単語が解禁になった途端に、氷河は話題を脇道に逸らすのをやめたのである。 「だとしても、そのストーカー野郎が 自分の撮った写真を絵梨衣に送りつける意味がわからん。 「だよなー。いくら城戸邸のセキュリティチェックが厳しいっつったって、危険物でも何でもない ただの写真なら、赤外線チェックも簡単にパスするだろうしなー」 「ならば、犯人のストーキング目的は、この写真を氷河や瞬に見せることではないことになるな」 「でも、絵梨衣さんに こんな写真を見せて何になるの」 そうして 青銅聖闘士たちが脇道から戻った本道は、だが、フィニッシュラインのない周回走路のようなものだったのである。 自分たちの会話が堂々巡りになりかけていることに気付いた青銅聖闘士たちは、早々にトラック競技場からの脱出を果たした。 こうなれば、犯人を捕まえて、当人に そのストーキングの目的を聞き出すしかない。 それが、最終的に青銅聖闘士たちが辿り着いた結論だった。 問題の写真が郵送されてきていないということは、ストーカーは自分の手と足で、星の子学園の玄関脇の郵便受けに それを届けていることになる。 犯人の目的が不明なため、絵梨衣は、城戸邸に相談に来ること以外、その写真を起因とした いかなる行動も起こしていない――つまり、おそらく犯人の目的は未だ達成されていない。 とすれば、絵梨衣の許に再々度ストーキング写真が届けられる可能性は極めて高い。 それらのことを考えて、青銅聖闘士たちは、とりあえず期限を5日間と定めて、星の子学園に張り込みをすることにしたのである。 写真の入った封筒が星の子学園に届けられたのは、一度目も二度目も 星の子学園の門が開いている日中。 犯人の侵入に誰も気付いていないという現状は、どう考えても おかしい。 ――等々のことを考えた青銅聖闘士たちは、内部犯行の線も視野に入れて、とりあえず星の子学園に出入りする人物全員をチェックすることにしたのである。 そうして。 青銅聖闘士たちの星の子学園張り込み開始から3日後。 ストーカー犯は、呆れるほど あっさり捕まった。 とはいえ、青銅聖闘士たちは、問題の写真が星の子学園の郵便受けに投函された際、犯人を現行犯逮捕したわけではなかった。 彼等は、張り込み開始に当たり、絵梨衣に、1時間おきに郵便受けを確認し 怪しい封筒が届いたら すぐに連絡をよこすように指示しておいたのだが、三度目に問題の封筒が届けられたと考えられる時間に星の子学園に出入りした部外者は 彼一人しかいなかったのだ。 諸々の事情を鑑みて、青銅聖闘士たちは、怪しい封筒第三弾を届けたのは その人物以外に考えられないという結論に達したのである。 ストーカー犯は、20歳そこそこの某宅配便業者の配達員の青年だった。 ちなみに、彼が三度目に絵梨衣の許に届けた写真は、ストーカーを掴まえるべく星の子学園の見張りに立っていた氷河と瞬の姿を写したもの。 それは、自分を捕えようとしている刑事を犯罪者がストーキングしているような、まさに本末転倒としか言いようのない代物だった。 |