「おまえは、戦いが嫌いなんじゃなかったのか? 戦い続けることが つらいなら もう戦わなくてもいいと、沙織さんは言ってくれている。……言葉でそう言うことはしないが、その道を示し、その道を選ぶことを許してくれている。そうしてもいいんだぞ。おまえはもう十分に戦った。戦って――傷付いた」
そう告げたのは青い魂の方で――あの透き通って美しい魂を戦いから遠ざけたいと考えていたのは 私だけでなく、アテナだけでなく、いつも その側にいた青い魂もだったのだと、その時 私は初めて気付いた。
それはそう。
戦いは、いつ あの美しい魂を粉々に打ち砕き、その命の輝きを奪い去ってしまうか わからないのだもの。
大抵の人間は、その時を少しでも先に延ばしたいと考えるはず。
桜色のダイヤと いつも共に戦ってきた青い魂も、“大抵の人間”と同じことを望んでいたとだけのこと。
それは、ごく自然なことだった。
桜色のダイヤモンドは 優しく強い光を放ちながら、青い魂の その言葉を やわらかく拒絶したのだけれど。

「でも、一度 始めた戦いだもの。僕は希望を捨ててはいないし、戦い続けるための力もまだある」
「世界の平和のために?」
「うん」
「いつか平和の時はくるのか? そう、おまえは信じているのか?」
「さあ」
「もしかしたら、その時は永遠にこないかもしれない。それでも おまえは戦い続けるのか?」
「うん」
「空しくないか?」
「どうして?」
「自分がどれほど懸命に努力しても、その努力は報われないかもしれないということが。無意味だということが。望みは叶わないとわかっていることが」
青い魂が桜色のダイヤモンドに問うたこと。
それこそが、私の知りたいことだった。
そして、それは、おそらく すべての人間が知りたいと願っていることでもあったに違いない。

どれほど稀有な輝きと美しさをたたえていても、頼りなく儚い人間の一人にすぎない 透明な桜色の魂が その正答を知っているはずはない。
もちろん、知っているはずはない。
いずれ消え去る命をしか持たない者が、なぜ 生き続けるのか。
いずれ消え去る命をしか持たない者たちのために、なぜ戦い続けるのか。
私とて、正しい答えを聞けると思っていたわけではない。
だが、私は、桜色のダイヤモンドの心を知りたかった。

桜色を帯びて美しく透き通った その魂は、
「無意味かどうかはわからないよ」
と答えた。
桜色のダイヤは、その時 明るく微笑んでいた――と思う。
彼等が話しているのは、自らの生と戦いの無意義、無意味についてだというのに。
「知ってる? 地球には もともと酸素がなかったの。32億年前に初めて光合成をするシアノバクテリアが地球に生まれた。シアノバクテリアは、自分が作った酸素が地球という星を命あふれる星にすることを知らなかったと思う。でも、彼等は地球にとって大きな意味のあることをした。僕たちのすることが本当に無意味なことなのかどうか、それは長い時が経ったあとじゃないとわからないよ」

「だが、その地球も、今から50億年後くらいには消えてなくなるんだろう? まあ、その前に、俺たち自身の命が終わっているだろうが」
「だから、何もしないでいる?」
「何もしないでいることも、結構難しいことだな」
「そう。人は何かしないでは生きていられない」
「だから、何かするのか?」
「うん。どうせなら、みんなのためになって、自分が楽しいことをしたいね。世界の平和を守るために戦うとか」
「それが楽しいことなのか?」
「人を陥れたり、滅ぼしたりすることよりは」
「それはそう……だな。なら、それをするか。これまで通りに」
「うん」

桜色を帯びた透明な魂は、青い魂の賛同を得て、嬉しそうに輝いた。
一人ではない。
一人ではないことが、あの稀有な魂を一層 美しくしていた―― 一層 まばゆく輝かせていた。
それから、あの二人は、肉体を持つ者にだけできる あの交わりをして――不思議なことに、その美しさを更に増していった。

人間の魂は、肉体の影響を受ける。
肉体を交わらせて美しさを増す者は稀。
何も変わらないか、濁りを増す者の方が多い。
だが、あの二人は違っていた。

あの青い魂は、おそらく、私以上に、あの桜色の透明な魂の価値を認め、信じていたのだ。
その価値を認め、信じ、愛し、その上で交わるから――あの桜色のダイヤモンドに受け入れてもらえることの価値と意味をわかっていたから――青い魂は そのたびごとに浄化されていった。
桜色のダイヤモンドの美しさに染まって――濁りや汚れが全くなかったわけではなかった青色の魂は、どんどん美しくなっていった。
青色の魂に限らず、あの魂たちは皆 そうだったのだろう。
彼等は、心で、身体で、言葉で、時には戦いそのもので近付き、交わり、影響し合い、美しさと強さを増していったのだ。
桜色のダイヤモンドも それは同様で、あの魂は仲間たちと接することで ますます美しく強くなっていった。

青い魂と交わり、ひときわ美しくなって、
「生きてるのって、楽しいね」
桜色で透明な魂がそう言い、
「ああ、そうだな」
青色の魂が頷く。

なぜ そう言えるのか。
なぜ頷くことができるのか。
自らの意思で戦いの日々を選んでいる者たちが。
その心や身体を傷付ける戦いというものは、つらいものではないのか。
だが、実際に あの二つの魂は――アテナの聖闘士たちの魂は――過酷な戦いを重ねるほどに美しくなっていった。






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