「氷河が倒れた? どうして?」
「風邪をひいたのではないことは確かだが……。まあ、病気や怪我のせいではない」
「あの歳になって今頃 知恵熱でも出てきたんじゃねーのか」
氷河を立ち直らせる力を持つ ただ一人の人間であるところの瞬は、見た目だけは さほど強そうに見えない。
その上、氷河が倒れることになった そもそもの原因を作ったのが自分だという自覚もないのだから、瞬は実に傍迷惑な最強聖闘士だと、星矢と紫龍は、瞬の心配顔を見ながら(胸中で こっそり)思ったのである。

「いつもなら、氷河、バレンタインデーのあとは、ホワイトデーの お返し選びに付き合ってくれって言って、僕を誘ってくれて、それで おいしいケーキ屋さんに連れていってくれるのに……」
病気や怪我で倒れたのではないと知らせされて 少しは安心したようだったが、氷河には どうしても元気でいてもらわなければならない事情が、瞬にはあったらしい。
『氷河、床に臥す』の報に接して 一度はしょんぼりと肩を落とした瞬が、だが すぐに気を取り直してみせた。
アテナの聖闘士は希望の闘士。常に前向き、諦めることをしない。
「氷河には、早く元気になってもらわなくっちゃ!」
凶報から立ち直った瞬は、むしろ それまでより張り切った様子で氷河の部屋に向かって駆けていったのだった。


氷河は、ひきたくても風邪などひけない男。
それゆえ熱を出して倒れ、瞬に看病してもらうなどというシチュエーションを、彼は これまで ただの一度も経験したことがない。
怪我の功名というべきか、夢のシチュエーションがついに実現するのだから、氷河は さほどの時を置かずに 見事 浮上を果たすに違いない。
瞬が張り切って 氷河看病という記念碑的イベントに乗り出した時、星矢と紫龍は そう思っていたのである。
氷河を立ち直らせる力を持つ唯一人の人間にして、氷河が倒れる そもそもの原因を作った傍迷惑最強聖闘士が、氷河の看病に取りかかって僅か10分後に、両の瞳を涙でいっぱいにして仲間たちに泣きついてくることになろうとは、彼等は その時 想像してもいなかった。






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