「ど……どうしたんだよ、瞬 !? 」
最初 星矢は、瞬の涙を 氷河の乱暴もしくは乱暴未遂によるものなのではないかと考えのである。
ナルシストと決めつけられた氷河が やけになって、瞬に乱暴を働こうとしたのではないかと、彼は疑ったのだ。
瞬に事情を聞くと、どうやら そういうことではないようだったので、ひとまず安心はしたのだが、瞬の涙の訳は笑って済ませられるようなことでもなかったのである。
他でもない、ちょっとした意地悪で 氷河をナルシストに仕立て上げた男にとっては。

「氷河は病気や怪我で倒れたんじゃないって言ってたから、どうして倒れたのか、氷河に訊いたの。そしたら、氷河が急に……」
「氷河が急に?」
「そんな……そんなことって……」
「おい、瞬。泣いてないで、ちゃんと説明しろって……!」
なにしろ、自分も一枚噛んでいるだけに放ってはおけない。
星矢は、涙する瞬を懸命に なだめ、落ち着かせ、何があったのかを聞き出したのである。
嗚咽のせいで幾度も途切れる瞬の説明を整理すると、つまり こういうことのようだった。

倒れた理由を尋ねた瞬に、氷河は、
「俺は、おまえが好きなんだと思っていた。だが、どうやらそうではなかったらしい」
と答えたらしい。
そして、
「氷河、誰か好きな人がいるの……?」
と重ねて尋ねた瞬に、
「そうだったようだ」
と答えてきたらしい。
その答えを聞いた途端、瞬は涙があふれてきて 止まらなくなってしまった――ということだった。

瞬の涙ながらの報告を聞いて、星矢と紫龍は互いの顔を見合わせてしまったのである。
氷河が、“氷河の好きな人”を氷河自身だと思っていることは明白である。
なにしろ、彼は今、自分を自己愛性パーソナリティ障害者――ナルシストだと思い込んでいるのだ。

それは、それだけのことであれば、星矢にとっては笑い話だった。
ナルシストとは対極の場所にいる あの氷河が、自分をナルシストだと信じ込まされ、“自分の好きな人”は自分だと思い込み、瞬への恋が紛い物だったのではないかと苦悩しているのである。
それは十分に笑い話――滑稽を極めた茶番劇だった。
実際、星矢は爆笑していただろう。
その茶番劇のストーリーを報告してきたのが瞬ではなく、その報告をしてきた瞬の瞳が涙でいっぱいでなかったら。
星矢が やり込めたかったのは、あくまで、仲間の顔を自分より数段劣ると得意顔で断言してくれた氷河であって、瞬ではなかった。
星矢は、瞬を泣かせるつもりは 全くなかったのである。

氷河に“好きな人”がいるのが よほどショックだったのか、瞬の涙は止まる気配を見せない。
結局、進退窮まった星矢は、瞬の涙を留めるために、自分が白鳥座の聖闘士をナルシストに仕立て上げた経緯と、すべては氷河の勘違いなのだということを、瞬の前で 氷河に白状することになってしまったのだった。






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