そういう経緯で、星矢と氷河は、見事に瞬の夢攻略に失敗。 自力では解決できそうにない困難な問題に突き当たった時、アテナの聖闘士たちが駆け込む先は決まっていた。 「瞬も、沙織さんになら話すだろ。俺たちの代わりに、瞬の夢がどんな夢だったのか探ってきてくれよ。人に話すんじゃなく神に話すんなら、運も逃げないとか何とか、うまいこと言ってさ。俺たち、今年は まともなホワイトデーの お返しするって決めたんだ。本来なら、バレンタインの友チョコ義理チョコなんて、沙織さんが配るもんだぞ。そこを代わりで瞬が配ってるようなもんなんだから、沙織さん、少しは力を貸してくれよ」 同じ職場に(?)男女がいたら、女子はバレンタインデーにチョコレートを配るもの。 いったい星矢は何10年前の常識を、自らの常識としているのか。 お中元、お歳暮、バレンタインデーやホワイトデーのプレゼントどころか、年賀状や暑中見舞いですら、場合によっては贈収賄の疑いをかけられ、コンプライアンス上の問題になりかねない昨今の社会風潮とは無縁の場所にいるらしい星矢に、沙織は露骨に 嫌そうな顔を向けた。 「アテナにバレンタインチョコレートを贈る義務があるなんて話、聞いたこともないわ。そんなものをアテナに要求する聖闘士自体が前代未聞。だいいち、私は虚礼廃止論者よ」 「そんなこと言わずにさー。虚礼ってのは、実質が伴わない上っ面だけの礼儀のことを言うんだろ。俺たちは そんなんじゃなくて、瞬への日頃の感謝を形にしたいって、心の底から思ってんだから。沙織さん、協力してくれよ。沙織さんが協力してくれたら、俺たち、これから先50年くらいは、沙織さんにバレンタインチョコなんて要求しないからさ。お願いします、神様、仏様、アテナ様!」 持ち上げているのか、馬鹿にしているのか、懇願しているのか、脅しているのか。 星矢自身も よくわからないまま勢いに任せて まくし立てているのだろうが、その必死の気持ちだけは、沙織にも ひしひしと(?)感じ取れたのである。 聖闘士の望みや不平不満を把握しておくことは、彼等の管理監督責任を負っている女神にとっても重要な仕事であるし、毎年バレンタインチョコレートを要求されるよりは、ここで その問題を解決して星矢を大人しくさせておいた方が、彼の上司には何かと都合がいい。 沙織が、 「わかりました。あとで私の執務室に来るように、瞬に言っておいて」 と、星矢の直訴に応じてやったのは、星矢の女の子同伴ケーキバイキングのためというより、彼女自身の益のためだったかもしれない。 沙織の その言葉を聞いた星矢は 小躍りして喜んだ。 星矢は その時には、露ほども考えていなかったのである。 まさか女上司からのセクハラ・パワハラを受けたわけでもないだろうが――沙織の執務室に入っていった瞬が、その10分後 真っ赤な顔をして廊下に飛び出てくるという、一種異様な光景を、自分が目撃することになることなど。 そして、星矢は予想してもいなかったのである。 「瞬、おまえ、沙織さんに、例の夢のこと 白状したのか?」 という問い掛けに、瞬が、 「答える前に、沙織さんに言い当てられちゃった……」 と答えてくることを。 更にまた、 「沙織さんに 言い当てられたーっ !? 」 沙織にわかることが、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間にわからないという事実に、自分が少なからず焦慮の念を抱くことになることを。 「自分で言ったんじゃないから、まだ夢は有効だろうって、沙織さんは言ってくれたけど……」 何よりも、沙織が言い当てたという瞬の夢の内容を聞きに行った瞬の仲間たちに、沙織が、 「それは私が あなたたちに教えていいことじゃないわ。ホワイトデーまでに、自分で考えなさい」 と言ってくることを。 それら すべてのことが、星矢には想定外で予想外のことだったのである。。 せめてヒントをくれと食い下がった瞬の仲間たちが、沙織から得ることができた“ヒント”は、 「もし叶ったら、瞬の人生が変わるような夢よ」 という言葉だけだった。 沙織が教えないと決めたのなら、それは『瞬の夢は 瞬以外の人間が他者に教えていいことではない』と彼女が判断し、教えないことを決定したからで、彼女が その決定を翻すことは決してないだろう。 となれば、“叶うと嬉しい瞬の夢”は、やはり瞬の仲間たちが自分で考え 自力で辿り着かなければならないものだということになる。 仕方がないので、星矢は考えた。 もちろん、氷河も考えた。 考えに考え、その上にまた 考えを重ねて――だが どれほど考えても、瞬の仲間たちは その答えに行き着くことはできなかったのである。 無欲な人間が望む、人生が変わるような重大な望み――叶うと嬉しい瞬の夢にまで。 「俺、女の子同伴のケーキバイキング、諦めるわ……」 沙織が瞬の夢を言い当てた日から3日後、まず星矢が脱落し、それから更に4日後、氷河もまた 瞬の叶うと嬉しい夢の謎の自力解明を断念することになった。 |