「あのさあ、お取込み中、申し訳ないんだけどさあ」 狂信的と言っていいほど断固とした、氷河の意思と小宇宙。 当惑しつつ、これまた氷河同様 自分の判断こそが正しいと信じる瞬の意思と小宇宙。 ラウンジ内は、それらのものが火花を散らすように 激しく対立し、絡み、争って、へたな戦場顔負けの緊迫感と圧迫感で充満していた。 小宇宙を感じ取ることができない一般人なら、なぜ そんなことになるのかもわからないまま、得体の知れない不快感が生む動悸や頭痛、眩暈、嘔吐感に襲われ、その場に倒れるくらいのことになっていたかもしれない。 張り詰めた空気の中に響いた、間延びしまくって緊迫感を欠いた星矢の声は、あまりに異質で、場違い。 とはいえ、であればこそ、その星矢の声は、緊張感の中にどっぷりと心身を浸らせていた氷河と瞬の意識を 現実の世界に(?)引き戻すことができたのかもしれなかった。 氷河が、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間に、胡散臭いものを見るような目を向けてくる。 が、星矢の目には、自分などより よほど――否、この地上に生きて存在する人間の誰よりも――今の氷河こそが胡散臭くて危ない男に見えていたのだ。 こういう手合いの人間とは できる限り接触を持ちたくなかったのだが、それが命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間となると、放ってもおけない。 不本意の極みではあったが、とりあえず 星矢は 氷河に確認を入れないわけにはいかなかった。 「ほんとのこと言うと、俺、おまえが言ってること、8割方わかってねーんだけどさ。おまえ、1時間以上 延々と喋りまくって、結局 言いたいことはそれだけなのか? 瞬が綺麗だって、それだけ?」 「なに?」 星矢の指摘を受けた氷河が、一瞬 虚を衝かれた顔になる。 星矢は何を言っているのか。 この1時間、彼の仲間が“それだけ”の話しかしなかったと認識しているのなら、星矢の言語理解能力には何らかの大きな欠陥があるのではないか。 氷河は星矢の左脳障害を疑うことまでしたのだが、その星矢に、 「だって、そういうことだろ? おまえ、他に何か言ったか?」 と再度 問われた氷河は、星矢に いかなる反論もできなかったのである。 氷河が沈黙したのを確認すると、星矢は大きく顎をしゃくった。 「言いたかねーけどさ、そういうことは二人っきりでいる時にやってくんねーか? 部外者を巻き込むなよ。俺たちだって暇じゃねーんだし、たとえ暇だったとしても、おまえが必死こいて瞬を口説いてんのを、なんで俺たちが阿呆面さらして見てなきゃならねーんだよ!」 白鳥座の聖闘士に文句を言っているうちに、氷河の必死の力説と その迫力に圧倒され、それまで表に出すことにできずにいた憤りが、星矢の中で徐々に頭をもたげてきたらしい。 怒りのせいで言葉が なめらかに出てこなくなった星矢の代わりに、紫龍が 氷河糾弾の続きを引き受ける。 「『俺の目には、おまえが世界中の誰よりも綺麗に見える』。言葉にして、僅か5秒だ。これを、1時間以上の時間をかけて演説することの意義が、俺には わからんな」 「瞬が綺麗に見えるのは、俺の目だけでは――」 「おまえの目だけだよ! 瞬が綺麗なのは認めるけど、いくら瞬が綺麗だったって、いつも俺にたっぷり おまけしてくれる唐揚げ屋のおばちゃんより綺麗なわけないだろ! おばちゃん、昨日、唐揚げ100グラム 注文した俺に、おまけで もう100グラムもサービスしてくれたんだぜ。おばちゃんこそが、世界一の美人だ。瞬は2番目!」 それだけは言っておきたかったのか、脇から再び 星矢が口を挟んでくる。 「唐揚げ屋のおばちゃんなんかと瞬を比べるなっ。無礼にも ほどがある!」 氷河の怒りは、星矢のそれ以上だったろうが、その反駁に説得力はなかった。 “星矢の目”には、おまけを たっぷりつけてくれる唐揚げ屋のおばちゃんの方が、瞬より美しく映っているのだ。 その事実は、誰にも否定することはできない。 否定しても、何の意味もないことだった。 “星矢の目”には そう見えているのだから。 人間の目とは、そういうもの。 反論のしようもない星矢の主張――むしろ事実報告――の前に、氷河は再び沈黙することしかできなかったのである。 |