「僕が6つの時、カリステーとティラシアの統一の試みがあったことは知っているでしょう? 二つの国の間にある海峡に大きな船を浮かべて、夜には二つの国の港から海に花火が上がって、音楽が流れて、大人の人たちはダンスをして、すごく楽しくて素敵だった」 当時 瞬王子と同じ6歳の子供だった星矢も、その時のことは憶えていました。 本当は乗り込む権利がないのに こっそり船に乗り込んで、星矢は船の食堂室や喫茶室のご馳走を食べまくっていましたから。 「あの時、お父様お母様に同行して、僕と兄さんも船に乗って――その時、僕、氷河と初めて会ったの。僕たちはすぐに仲良くなった。氷河は綺麗で優しくて、僕にとっても親切にしてくれた。僕が女の子だったら問題は即解決するのにって、大臣たちに からかわれるくらい。僕と氷河は たった半日ですごく仲良しになったの……」 夢見るような表情で、幼い頃の思い出を語る瞬王子。 そんな瞬王子を見て、星矢は少々 切ない気持ちになったのです。 大きな船、港から上がる花火、音楽にダンス、優しい両親と、弟を溺愛する兄、新しい友だち、夢のような一日――。 それから一ヶ月もしないうちに、瞬王子は 病で両親を失いました。 それは、瞬王子にとって、完全に幸福な最後の時だったかもしれないのです。 「大人たちの話し合いは 和やかに進んで、和やかなまま終わって、国を挙げてのお祭りも終わった。僕と氷河は それぞれの国に帰らなければならなくて――あとは 大人たちだけで話し合いが進むだろうから、僕たちはカリステーとティラシア 二つの国の統一が実現するまで会えないだろうって わかってた。僕は、それっきり氷河と離れ離れになるのがいやで、別れ際に、万一の時に 王宮と連絡を取るために連れてきていた鳩を3羽、氷河に預けたの。数日後、氷河からの手紙を足にくくりつけた1羽が、僕のところに戻ってきた。氷河がくれた手紙には、『もう一度会いたい』って書いてあったよ。『二人はもう一度、必ず会える。信じて待っててくれ』って……」 「おいおい……」 その時、瞬王子は6歳。 氷河国王は、いったい幾つだったのでしょう。 どんなに多く見積もっても、彼は10歳にはなっていなかったはずです。 そんな歳で、あまりに手際のよい口説き方。 星矢は氷河国王の巧みな戦術に感心するしかありませんでした。 「氷河は鳩舎を作って、あとの2羽の世話をして、飼い馴らして、時間はかかったけど、僕と氷河の許を行き来する伝書鳩に育てあげたの。その2羽をリーダーにして、鳩の数を増やして――僕と氷河はずっと 手紙のやりとりをしてたんだ。僕たちの願いは、いつも同じで、ずっと変わらなかった。もう一度会いたい、もう一度会いたい――」 「はあ……」 それが友情なのか、友情以外の何かだったのかは、星矢には察することもできませんでした。 けれど――もし それが幼い子供たちの『また一緒に遊びたい』という気持ちにすぎなかったとしても、その幼い気持ちが10年の月日を経て、違う何かに変化していったのだということは、星矢にもわかりました。 本音を言えば、星矢は、そんなことは あまり わかりたくなかったのですけれど。 「僕は何度も兄さんに進言したんだよ。カリステーの国と仲良くしようって。二つの国が仲違いしていたも、何もいいことはないって。でも、兄さんは聞く耳を持ってくれなくて――」 「そりゃあ、一輝にも都合ってもんがあるだろうし――」 あの会談の直後に、両国の国王夫妻が亡くなって、両国の統一は神の望むところではないのだと考える風潮が生まれたのは厳然たる事実。 10歳を少し超えたばかりで一国の王となった一輝国王は、何よりも国内の平和を守るために専心しなければならず、僅かな期間で急激に じじむさく――もとい、大人になることを余儀なくされてしまったのです。 国情が異なっていたにしても、一輝国王より若くして一国の王となり、その務めを果たす一方で瞬王子との友情を(?)立派に(?)育んでみせた氷河国王の情熱と精力は、それでいったら、超人的としか言いようがありませんでしたけれど。 「13歳になった時、僕は こっそりお城を抜け出して 氷河と何年振りかで会ったの。カリステーとティラシアの間の海峡に、干潮の夜に地続きになる場所があることは、星矢も知ってるでしょう? 船を出せば人に見付かるから、干潮の夜に、氷河が海を渡ってきてくれたんだ。氷河は全然変わってなくて――ううん、子供の時よりずっと たくましく綺麗になってて、僕たちはすぐに7年前と同じように仲良しになった。僕たちは それからも、兄さんには内緒で海峡の道ができるたびに会ってたんだ。でも、半年前の新月の夜、海が荒れて、氷河が海を渡れなかったことがあって――氷河が危ない目に合って――僕は、自分が氷河にどんなに危険なことをさせていたのかに気付いた……」 「まあ、人目を避けて、真夜中に星を目印に、月灯かりだけを頼りに海を渡るなんて危ない真似、普通の人間には恐くて できないわな」 あまり深く考えず、星矢は自分の意見を口にしただけだったのですが、たとえ事実でも、彼は そんなことを口にすべきではなかったでしょう。 星矢のその言葉を聞いた途端に、瞬王子の瞳には涙が盛り上がってきてしまいました。 氷河国王が、そんな瞬王子の肩を そっと抱き寄せます。 氷河国王の温かい手に力づけられたのか、瞬王子は無理に笑顔を作り、顔を上げました。 そうして、瞬王子は、その事件のあとで 二人が何をしたのかを、星矢に告白してきたのです。 「僕たちは、二つの国の対立をどうにかしてほしいと、昼間 太陽の下で二人が自由に会えるようにしてほしいと、アテナに頼んだ――アテナに祈った。そうしたら、ある日、アテナが応えてくれたんだ。対立し合う二つの国を仲良くさせるには 新たな脅威の出現が最も効果的だから、アテナイの軍を動かして、カリステー王国を脅す振りをしてやろう――って。元は一つの国だったカリステーとティラシアが二つの国に分かれることになったのは アテナとハーデスの聖戦のせいだから、責任をもって約束を果たす……って」 「アテナの企みだったのかよ、今度のことって!」 それまで比較的 静かに、二人に同情心さえ抱いて 瞬王子の話を聞いていた星矢の声が、初めて怒声めいたものになります。 瞬王子が否定せず顔を俯かせてしまったので、星矢は激しい頭痛に襲われることになりました。 道理で、あっさりと、しかもあまりに迅速に、アテナイ軍が撤退していったわけです。 すべては女神アテナの書いた筋書き通りだった――ということなのでしょう。 |