北欧アスガルドのワルハラ宮には、アテナの聖闘士たちが以前 訪れた時と さほど変わったところはなかった。
城の主がドルバル教主からフレアになり、城内に異様な数の人間が ひしめき合っていることの他には。
巨大なオーディーン像、その像に増して巨大な宇宙樹ユグドラシル、人の世の汚れを拒むような純白の雪が 北欧の地を冷たく重く覆っている。

「この季節に この雪、この気温は、このアスガルドの地でも かつてなかったことと、長老たちは言っています。こんなことになっても ユグドラシルは生命力が旺盛で、その近くにいると いくらかは寒さが和らぐので、近隣の村の者たちに この城を解放することにしたのです。それで、少しでも寒さをしのげればと思ったのですが、このまま いつまでも春がやってこなければ、いずれ備蓄してある食糧も尽きてしまうでしょう」
城内の人の多さに驚き、その訳を尋ねた星矢に、フレアは沈んだ声で そう答えた。
ユグドラシルと多くの人々の体温と活気のおかげで、城内の気温は かろうじて人が生きていけるほどのものを保っているが、それも いつまで続くかはわからない――と。
この不吉な寒さは アスガルドの地で生まれているものではないと感じられるので、以前の時のような心の重さに苛まれることがないのが、唯一の救いだと。

フレアが そう言うのなら、この異常な寒さはアスガルドとは別の地で生まれているのだろう。
それは、アスガルドではない別の場所で生まれている――何者かによって生み出されているのだ。
ワルハラ宮と その周辺のどこにも 氷河の気配が全く感じられないことが、フレアの推察の正しさを物語っているように、アテナの聖闘士たちには思われた。
「氷河は、もっと北に向かったのか……」
「やっぱ、シベリアかなあ」

氷河の行方を突きとめることと、この寒さの原因を突きとめることは おそらく同じこと――と、アテナは言っていた。
『必ず春を引っ張り出してくるから、それまで耐えてくれ』とフレアに告げて、アテナの聖闘士たちはアスガルドの地をあとにしたのである。
「アスガルドの民は、耐えることには慣れているのです」
フレアはそう答えて、アテナの聖闘士たちを送り出してくれた。






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