アスガルドから更に北へ。
その道すがら、星矢たちが立ち寄った町や村では――かなりの都市でも――人々は皆、この異様な春を不安に思っているようだった。
ある程度のところまでは動いていた各種交通機関も、シベリア連邦管区に入ると、ほぼすべてが止まっていた。
鉄道も、船も、飛行機も。
何とか辿り着くことのできたヤクーツクの駅で、更に北に向かうにはどうしたらいいのかと尋ねたアテナの聖闘士たちに、現状では線路に こびりついた氷塊を剥がす以外にできる仕事もないらしい駅員は、それは自殺行為だと言下に断じた。
ヤクーツクより北にある町や村は、今や すべての交通機関が遮断され、陸の孤島と なり果てているらしい。
かろうじて可能な移動方法は、燃料を積んでスノーモビルで進むくらいのことのようだった。

「ハーデスが 陽光を遮って地球を死の世界にして人類粛清――なんてことを目論んでたけど、まさか ハーデスが甦ったとかじゃないよな」
「それはないだろう。沙織さんも、その可能性は考えていないようだった」
「それはないと、僕も思うけど……思いたいけど……」
雪に閉ざされているというより、氷に閉ざされているような北の街。
雪は音を吸収するが、氷は音を撥ね返す。
アテナの聖闘士たちが それぞれに口にした言葉は、街を覆う氷の壁にぶつかり木霊になって反響を続け、いつまで経っても消えないような錯覚を彼等の上に運んできた。
沙織が手配してくれた軍用スノーモビルに燃料が積み込まれるのを待つ間、瞬の表情は ひどく暗かった。

「んな暗い顔すんなよ。冗談だって。ハーデスが甦ったりなんかするわけないだろ」
「あ……そうじゃないんだ。本気でハーデスの復活を心配してるわけじゃない。僕は ただ……」
「ただ……?」
「ただ、氷河が心配なの……」
「……」
瞬が敵の出現や その敵の持つ力の強大さを案じたくらいのことで、これほど沈鬱な表情を浮かべるわけがない。
瞬の心が暗く沈むのは いつも、自分以外の人間の苦痛や不幸を思う時。
もちろん瞬は、仲間の身を案じて、その眼差しを沈痛なものにしているのだ。
瞬の心と表情を ここまで暗鬱なものにできるものが、他にあるはずがない。
そんな瞬のために、星矢は意識して明るい笑顔を作ったのである。

「氷河は、あのフリージングコフィンからも生還した男だぜ。少なくとも 凍死の心配だけはしなくていいと思うぞ。春を飛び越して夏が来たってんなら、氷河の命も風前の灯かもしれないけどさ」
はたして 星矢のその言葉は瞬の心を少しでも浮上させることができたのか。
ちょうど出立の準備が整ったスノーモビルに いちばん最初に乗り込んだのは瞬だった。






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