一口に東シベリアといっても広い。
アテナの聖闘士たちは まず、氷河の修行地に最も近い場所にある集落 コホーテク村に向かった。
もっとも、彼等が目的地に着いた時、村人たちは全員 避難したあとだったらしく、彼等は そこで誰かに氷河の行方について尋ねることはできなかったのだが。


人影が一つもなく、建っている家々のほとんどが凍った雪に覆われ、小さな雪の山が点在しているようにしか見えないコホーテク村。
黙して何も語らぬ村の姿を眺めながら、
「変だな……」
と、腑に落ちないような声で呟いたのは星矢だった。
『何が?』と尋ねる代わりに、紫龍と瞬が その視線を星矢の上に巡らせる。
仲間たちの前で、星矢は口を への字に曲げ、眉をしかめた。

「前に、どっかの馬鹿が氷のピラミッドなんてアホらしいものを造ろうとしたことがあって、そん時、俺、一度シベリアに来てるんだ。前に来た時も真冬で――でも、こんなじゃなかった」
「気温が例年より15度近く低いそうだから、例年の真冬よりも寒いんだろう。人もいないし、印象が違うような気になるのは当然――」
「んー……。気温とか人とかじゃなくて――なんつーか、やな雰囲気なんだよ。邪神の小宇宙に接した時の感じに似てる。邪悪な神の小宇宙が凍気を帯びたら、こんなふうなんじゃないかな……」
「邪悪な?」
「いや、邪悪とは違うかな。陰鬱、絶望、諦め――」

『それがどこか氷河の小宇宙に似ているような気がする』とまでは、星矢も言わなかった。
おそらくは、そんなはずはない、氷河は希望でできているアテナの聖闘士なのだという思いが、星矢に その言葉を言わせなかったのだ。
それが、星矢の仲間たちにはわかっていた。
星矢の仲間たちも、星矢と全く同じことを感じていたから。
邪悪な凍気――否、絶望に囚われているような陰鬱な凍気。
ワルハラ宮にドルバルが君臨していた時、彼に洗脳され 聖域消滅に その力を利用されていた際の氷河の小宇宙。
似ている――決して同じものではないが似ている――と、氷河の仲間たちは感じていたのだ。

「あの頃に比べれば、氷河の小宇宙は格段に強く大きくなっている。邪神も 利用のし甲斐があると考えるかもしれんな」
「そんなこと……」
長い沈黙のあと、ついに自身の懸念を口にした紫龍に、瞬はすぐに首を小さく左右に振った。
「強く大きくなっているからこそ、そう簡単に邪神に利用されたりは……」
「でも、氷河は、時たま、信じられないくらい抜けてるからなー。隙を衝かれることはあるかもしれないぞ」
「……」
そう言われてしまうと、瞬も すぐには返す言葉を思いつけなかった。
氷河が隙や弱みを作ったり さらしたりするのは、戦闘の技術の未熟ではなく、肉親、師、仲間等、人絡みのことである場合が多い。
であればこそ、氷河が心というものを持っている限り、彼が“敵”に隙を見せることは、いつでも どこででも あり得ることなのだ。

「とにかく、氷河を捜そうぜ。氷河を見付ければ、この妙ちくりんな寒さの原因もわかるような気がする」
星矢の勘は外れたことがない。
そして、既に、アテナの聖闘士たちには、自分たちがどちらに向かえばいいのかが わかっていた。
氷河のそれに似た小宇宙が生まれている場所、その方向――それらは、感じ取らずにいることが不可能なほど、強く明瞭になっていた。
東シベリア海――氷河の母が眠っている海。
そんなことはあってほしくないと思いはしても、氷河の仲間たちは そこに向かうしかなかったのである。






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