一つの戦いが終わったからといって、アテナとアテナの聖闘士の前には、いつ また新たな敵が現われるか わからない。 たった一度、ほんの1、2時間 共にいただけの人――しかも、アテナの聖闘士の敵だった人――の生死を案じて いつまでも しょんぼりしているわけにはいかない。 何より、アテナの聖闘士は希望の闘士。 氷河のことは いい加減に諦めて、アテナの聖闘士は 新たな戦いに備えなければならない――。 それは瞬にもわかっていたのである。 実際、瞬は、幾度も自分に そう言いきかせた。 しかし、忘れようとすればするほど、脳裏に甦ってくる氷河の面差し、氷河の声、氷河の言葉。 諦めようとして諦めきれず、ぐずぐずと氷河の安否ばかりを案じている自分。 このままでは自分は、アテナの聖闘士として戦い続けていくことができなくなってしまうのではないか――。 瞬は、本気で そんな不安に囚われるようになっていた。 だが、アテナの聖闘士でない自分など考えられない。 いっそ、今すぐ新しい敵が現われて、地上の平和を脅かしてくれないものか。 そうすれば、否応なく戦いの渦に飛び込んでいくしかない自分は、氷河のことで思い煩ってばかりもいられなくなるだろう――。 氷河の身を案じるあまり、瞬は そんなことを願うようにまでなっていた。 だから。 結果的に無駄足になってしまったティターン神の本拠地襲撃から半月ほどが経った その日、破られるはずのないアテナの結界が破られた“音”に気付いた時、瞬は それが、アテナの聖闘士にあるまじきことを願ってしまったアンドロメダ座の聖闘士に天が下した怒りの雷鳴なのではないかと思うことになったのである。 目に見えないがゆえに強固なアテナの結界は、一点が破られると、異様な空気の振動を生み、細く高く長い金属音に似た音を聖域中に響き渡らせた。 その音を聞き取れているのは どうやら聖闘士だけらしく、小宇宙を生み感じることのできない雑兵や 神殿に仕えている巫女たちは、聖域を襲った異常事態に気付いた様子もなく、彼等の日常生活を続けている。 結界崩壊の数秒後、ひとすじの鋭い光の線が、聖域の上の空を二つに切り裂くように アテナ神殿に向かって飛んでいくのが見えた。 その時、瞬は、処女宮の沙羅双樹の苑で 氷河を思い ぼんやりしていたのだが、さすがに その異様な状況は、ほとんど腑抜けのようになっていた瞬の心身を一瞬で緊張させることになったのである。 「いったい何が起こったの !? 敵襲 !? 」 「アテナ神殿に急げ! アテナを守るんだ!」 処女宮の外に出た瞬に、獅子宮の方から駆けあがってきた星矢が、その足を止めずに大声で叫ぶ。 言われるまでもなく、瞬は――瞬もまた、アテナ神殿に向かって駆け出した。 「紫龍は !? 」 「もっと上の宮にいたはずだ。俺たちより先に着いてるだろう」 「アテナの結界を破るなんて、どれほどの力を持った敵なの!」 「知るか! 俺たちより先に行った奴等がアテナを守ってくれていればいいんだが――多分、俺たちが いちばん遅く着く」 現在 聖域にいる聖闘士は、黄金聖闘士、白銀聖闘士、青銅聖闘士 全員を合わせて、20余名。 うち、黄金聖闘士は 僅か3人。 不安と懸念が、アテナ神殿に向かう瞬と星矢の足を速くした。 それでも遅かったのか――瞬と星矢がアテナ神殿の前に到着した時、アテナの結界を破るほどの力を持つ敵が侵入したというのに、アテナ神殿の内外は異様なほどの静けさに包まれていた。 瞬と星矢は、(そんなことは考えたくなかったが)最悪の事態を考えつつ、アテナ神殿の中に足を踏み入れたのである。 幸い、そこにも瞬たちが恐れていた最悪の光景はなかった。 瞬たちより先にアテナの許に駆けつけたアテナの聖闘士たちは、誰一人 敵の拳に倒されることなく、アテナの玉座の前に自分の足で立っていた。 玉座に着いているアテナと、その場に駆けつけた20余名のアテナの聖闘士の間に、男が一人。 どうやら、それが、アテナの結界を破り、アテナの聖闘士たちの頭上を超えて アテナ神殿に飛来した光の正体らしい。 侵入者は 闘衣の類を身につけておらず、聖域で言うなら雑兵服、修行服と呼ぶ類のものをまとっただけの軽装をしていて、一見した限りでは、有力な神とも 名のある闘士とも思えなかった。 だが、その小宇宙の強大さは異常――むしろ、異様。 アテナ神殿の玉座の間に集結したアテナの聖闘士たちが、たった一人の侵入者に 攻撃を仕掛けることは おろか、侵入者との間を詰めることもできずにいるのは、へたに彼を刺激して、その異様なまでに強大な小宇宙がアテナに襲いかかる事態を回避しようとしてのことらしい。 アテナの身の安全を第一に考えると、彼に攻撃を仕掛けるのは、危険に過ぎる賭けだった。 侵入者は、それほど強大な小宇宙の持ち主だったのだ。 そんなふうに、皆が 侵入者の小宇宙に圧倒されている中、瞬だけが、全く別のことに驚くことになったのである。 侵入者の陽光そのもののような金髪に、瞬は見覚えがあった。 |