同数の男女が一つのテーブルに着き、そうしようと思えば、好きな話題を選び親交を深めることができる。
その会合の体裁は 確かに合コンのそれで、瞬は『自分は数合わせのために ここにいるのだ』と思うことのできる状況に置かれていた。
しかし、瞬は、星矢が言っていたようにバイトと割り切って、のんびり時間が過ぎていくのを待っていられる気分には どうしてもなれなかったのである。
自分が誰かに何事かを期待されているわけではないことが わかっていても、『空いた席があるのは体裁が悪いから』と言われただけにしても、メイドが宮中晩餐会のテーブルに着くことになったら、そのメイドは場違いの感を否めず、居心地の悪い思いをせずにはいられないだろう。
瞬は今、そんな気分を味わっていた――ひどく いたたまれず、そして緊張していた。

「有名人ばかりだから 今更という気もするが、とりあえず自己紹介でもしてみるか?」
農学部の有名人の提案で、出席者たちが順に 自身の学部と名前だけを告げる。
「高等部の2年生です。瞬といいます」
それだけ言うのに、瞬の声は震えていた。
人間科学部の有名人――氷河――が、そんな瞬の様子に哀れを催したのか、笑顔で声をかけてきてくれる。

「休日なのに、こんなものに駆り出されて大変だな」
「あ……いえ、合コン――懇談会の男子の数が足りないって言われて……。バイト代も出るって言われたので……」
「俺も ただで飲み食いができるというので釣られた口だ。数合わせで」
「そ……そうなんですか?」
「高等部なら、アルコールは駄目だな。何がいい?」
「あ……じゃあ、オレンジジュースを」
「了解」
正式な招待客である大学の超有名人が、飛び入りのメイドのために、レストランの給仕に飲み物をオーダーする。
そんなことをしてもらってから、自分の図々しさに気付き、瞬は恐縮することになった。

「すみません。ありがとうございます。氷河さん」
「氷河でいい。俺も瞬と呼びたいから」
「え……」
本音を言えば、瞬は、どうして彼が 飛び入りのメイドごときに これほど親しげに口をきいてくれるのかが、不思議でならなかったのである。
彼にとって――彼だけでなく、この場にいる すべてのメンバーにとって――自分という人間は、取るに足りない小者にすぎないはずなのに――と。
氷河は、おそらく 取るに足りない小者だからこそ、飛び入りメイドを気遣ってくれている。
彼は生まれながらに優しく親切な人なのだと、瞬は思った。

「君もここの大学に進むつもりなのか」
「は……はい。そうできたらいいなあと思ってます」
「学部は」
「できれば、人間科学部の福祉心理コミュニケーション学科に――」
「なら、俺の後輩になるな。俺は国際コミュニケーション学科だが」
「はい。知ってます」
「そういえば、さっき自己紹介をしたばかりだった」
「そ……そうじゃなくて、以前から」
「以前から? ああ、何でも 俺は変人というので有名だそうだな」
「そんなんじゃありません! 氷河さんは 僕が進みたい人間科学部の先輩だし、すごく優秀で綺麗だって、みんなが言ってます!」

この親切な人の気分を害するようなことはしたくない。この人に誤解されるようなことになったら つらい――。
つい向きになって、瞬は 強い語調で氷河に訴えていた。
そんな瞬に、氷河が茶化すように問うてくる。
「みんなが? 君は? 近くで見て幻滅したか」
「ど……どうして そんな意地悪言うの。そんなことあるはずないのに……」
瞬は思わず涙ぐみ、顔を俯かせてしまったのである。
「氷河、その でれーっとした顔は何なんだ。おまえ、馬鹿みたいに顔が緩んでいるぞ」
農学部の有名人が何か言っていたが、瞬は その言葉の意味を斟酌することはできなかった。
そうする前に、女性側席の文学部の有名人が、テーブルの端から氷河と瞬を叱責してきたせいで。

「ちょっと、そこ! 二人でこそこそ話してないで、皆の話に加わりなさい。いったい この会合は何のためのものなのか、あなたたちは聞いてないの !? 」
その鋭い声に びくりと身体を震わせた瞬を庇うように、氷河が 鬱陶しげな視線を文学部女史に投げつける。
「合コンだと聞いているぞ。飲み食いして帰ればいいと」
「これだけのメンバーを揃えて、ただの合コンのわけがないでしょう。何か陰謀の匂いがするわ」
「合コンだろうが陰謀だろうが、俺の知ったことか。貴様等が恐い顔をしているせいで、瞬が怯えている。瞬は繊細なんだ。普通の顔が作れないなら、こっちを向くな」
「なんですって !? 」

文学部女史が 氷河の発言に いきりたったのは、彼女の口調から 容易に察することができたのだが、瞬は彼女の様子を確かめることはできなかった。
氷河に『瞬』と呼び捨てにされたせいで 心臓がどきどきと早鐘を打ち始め、瞬は顔を上げることができなかったのである。
せめて、それでも文学部女史に 失礼を謝罪しなければならないと思い、実際に そうしようとした瞬に、氷河が尋ねてくる。
「瞬は苦手な食べ物はあるか」
「あ、いえ、特には――」
「ここは南欧料理が多いんだ。ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガル――今日は、それを わざわざ日本の居酒屋スタイルで出してきている。こういう日本のコミュニケーションのとり方は 実に興味深くはあるが、弊害もあるな。瞬のように控えめで大人しい人間は、料理を食いはぐれてしまう」

いっそ見事と言いたくなるほど派手に、氷河は 文学部女史の癇声を無視した。
そして、彼女だけでなく、他のすべてのメンバーの声も姿も 意識の中に入っていないかのような顔で、氷河が瞬のためにサラダを取り分け始める。
「あ……」
瞬にとって聖域学園大学に籍を置く学生たちは、誰もが雲の上にいるような人たちだった。
そんな雲上人の中でも屈指の有名人である氷河に、これほどの気遣いと親切を示してもらえるとは。
せっかく氷河が取り分けてくれたものに口をつけることもできないほど、瞬は感激してしまったのである。
いそいそと瞬の世話を焼いている氷河を 農学部の有名人が呆れ顔で見やっていたのだが、氷河の親切に感激して胸が いっぱいになっていた瞬は、そんなことには気付きようもなかった。






【next】