荷物搬入搬出用の出入り口ではなく、正面玄関前の車寄せに大型の冷蔵冷凍トラックを堂々と停めているところを見ると、その宅配便の青年は、城戸邸に荷物を運んできたのは、今日が初めてだったのだろう。 その配達員に、 「これっくらい大きなお屋敷なら、ワインセラーがあるんでしょう? 男手がないなら、そこまで運びますよ。こいつ、かなり重いですから。冬場ならいざ知らず、この時期にワインを こんなところに放ってもおけないでしょう」 と、人のいい顔で言われ、50絡みのメイド頭の女性は、正面玄関に荷物を運ばれてしまったことに 文句も言えずにいるようだった。 「ご親切にどうもありがとうございます。僕が運びますよ」 そう言って、二人の間に入っていったのが、たまたまエントランスホールを通りかかった瞬だったのが、かえってまずかったらしい。 城戸邸の勝手がわかっていない宅配便のお兄さんは、瞬の姿を見ると、一瞬 ぼうっとした顔になり、それから、慌てて大きく首を横に振った。 「とんでもない! ワインには振動もよくないんです。そんな お嬢さんみたいに華奢な人が無理しちゃ駄目ですよ」 歴とした男子であるところの瞬としては、ここは文句の一つも言いたいところである。 だが、メイド頭の女性が 彼に文句を言えないでいるのと同じ理由で、瞬もまた彼に文句を言うことはできなかった。 宅配便の配達員の仕事は、指定された住所に荷物を運び、受け取りの印鑑をもらえば、それで完了するものだろう。 にもかかわらず、家人に頼まれたわけでもないのに荷物をワインセラーまで運ぼうというのは、彼の業務範囲を超えた“親切”である。 そんな人に、華奢なお嬢さんと言われたくらいのことで文句を言うのは、大人気がないというもの。 瞬は、もちろん、(そういう方面では)ちゃんとした大人だった。 自分同様、何も言えずにいる瞬を見て、メイド頭の女性が苦笑する。 こういう時、へたに事情を説明すると、かえって手間がかかるということを、瞬もメイド頭も、これまでの経験から よく知っていた。 事情説明自体は、瞬が『僕、男です』と言えば それで済むのだが、その言葉を信じてもらうのに時間がかかるのだ。 「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」 事実を知ってもらうことを諦めたメイド頭が そう言いかけた時だった。 どこからともなく現れた氷河が、ワインの入った木箱に手を掛けていた宅配便のお兄さんを、 「余計なことをするな!」 と言って制止したのは。 「これは 俺が運ぶ。こんなところで油を売ってないで、貴様はさっさと貴様の仕事に戻れ!」 まるで不法侵入者を追い払おうとしているような乱暴な口調。 人のよさそうな宅配便のお兄さんは、今日初めて会った人間に なぜ自分が ここまで敵意剥き出しの態度を示されるのかが わからなかったのだろう。 彼は、突然現われた、むやみに攻撃的な金髪の男の前で棒立ちになった。 「氷河……!」 氷河の礼を失した態度に慌てた瞬が、呆然自失状態の宅配便のお兄さんと氷河の間に割って入る。 自分の後方に控えることになった氷河に、これ以上 失礼を重ねないよう、手指を振って合図をしながら、瞬はぺこりと宅配便のお兄さんに向かって頭を下げた。 「す……すみません。失礼なこと言って。ご親切、ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですので」 「あ……いや……」 「本当に申し訳ありません。家人の失礼は、きつく叱っておきます。どうもありがとうございました」 客に謝罪をさせることになって きまりの悪そうな顔になった宅配便のお兄さんに、瞬が二度三度と腰を折る。 お兄さんは かなり人のいい人物らしく、瞬に幾度も頭を下げられると、氷河の失礼をすぐに忘れてくれたようだった。 かえって恐縮したように、彼もまた幾度も瞬に頭を下げて、親切な宅配便のお兄さんは 玄関先に停めてあったトラックに戻っていったのである。 |