瞬の肉体は強くなっていた。
運動能力も、戦闘技術も、もはや人後に劣るものではなくなっていた。
対戦形式の修行では、勝ちたくないのに勝ってしまうことも多く――そんな時、瞬は、自分が倒した仲間に手を差しのべることをやめた。
黙って、ただ仲間を見ているだけにした。
修行仲間たちが 自らの力、自らの足で立ち上がることを信じて。
そんな時、実際に彼等は立ち上がってくれた。
彼等が立ち上がる姿を見ることは嬉しい。
立ち上がってくれてよかったと、心から思う。

そして、そんな仲間たちの姿を見るたび、瞬は、聖衣がたくさんあればいいのにと思うことが多くなったのである。
皆が、聖衣を手に入れるために、これほど頑張っているのだ。
努力した人全員に、報いが与えられてもいいではないか――と。
それは叶わぬ夢なのかと、ある日、瞬は、師アルビオレに尋ねてみたのである。

「ここには聖衣は一つしかないんですか」
「カメレオン座とアンドロメダ座のものがある。カメレオン座の聖衣はジュネと共鳴し始めているようだ」
「え……」
それは、瞬にとっては嬉しいことだった。
ジュネの願いは叶う。彼女の努力は報われるのだ。
それは本当に嬉しいことだった。
「ジュネさんは――ジュネさん自身も他人も甘やかさず強いのに、とても優しいから……」
「小宇宙がどんなものなのか、おまえにも わかってきたようだな」
自然に唇をほころばせた瞬に、アルビオレもまた微笑を返してくる。
その微笑みに、瞬は暫時 戸惑った。
氷河との出会いと別れの後、瞬は、人を傷付けたくない、本当に優しい人間になりたいと思い続けてはいたが、小宇宙というものを理解しようと努めていたつもりはなかったから。

自分自身は『わかった』と思えていないのに わかっているという状況があり得るのか。
瞬は、師に問おうとしたのである。
だが、その時にはアルビオレは既に微笑を消し 厳しい表情に戻ってしまっていて、瞬は師に尋ねようとしたことを尋ねることができなかった。
厳しい顔で、アルビオレは瞬に言った。
「努力した者が全員、その望みを叶えられるわけではない。それが現実だ。皆が皆、望みが叶ってしまったら、誰も努力をしなくなる。しても、独りよがりの努力しかしなくなるだろう。一人で頑張ったつもりになって――そして、自分には欲しいものが与えられるべきだと考えるようになる。だが、そんな者に聖衣を与えることはできないんだ」
「……」
誰もが努力しているのに、その努力が必ず報われるとは限らない。
それが現実――つらい現実。

氷河は、あの灰色の世界を“自分が傷付き苦しむための世界”“自分を罰するために作られた世界”だと言っていたが、では、彼にとっての現実世界はどういうものなのか。
『氷河に会いたい』と、瞬は思ったのである。
氷河に会って、訊いてみたい――と。
現実の世界は、氷河にとって、幸せな色の積み木のある場所なのかどうか。
そうであってほしい――と、瞬は思った。
きっと そうなのに違いない――とも。
氷河が“自分が傷付き苦しむための世界”“自分を罰するために作られた世界”を作ったのは、現実世界での彼が幸せだからなのだと考えることは、そう おかしなことではないだろう。
今 既に現実世界で幸福だから、氷河は あえて幸せな世界を作る必要がなかったのだ。
そうに決まっている。
瞬は、そう思おうとした。
そう思おうとする側から、聖闘士になるための修行に明け暮れる毎日が、人にとって 幸福なものであり得るのだろうかという疑いも生まれてきたが。

こればかりは、氷河当人に訊いてみなければ わからないこと。
余人には察することしかできない。
ならば、氷河に会って確かめたい。
そう強く願った次の瞬間、瞬は 氷河の灰色の世界の中にいた。






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