いったい どういうタイミングで実現するのか わからない二人の出会い。
次に瞬が氷河に出会った時、氷河の面差しからは既に“子供”を感じさせるものは ほぼ消えてしまっていた。
互いに会いたいと思ったから出会えたことは確かだったが、瞬は すぐには自分が氷河に会いたいと思うことになった理由を告げることができなかった。
代わりに、およそ どうでもいい話を切り出してみる。

「ねえ、氷河。氷河は どんな人が好き? その……好きなタイプはどんな? 強い人?」
「何だ、急に」
氷河には氷河で、瞬に話したいことがあったのかもしれない。
瞬が切り出した話題が、緊迫感に欠けた ひどく呑気なものだったので、氷河は 調子を狂わされてしまったのかもしれない。
そんな目を、氷河は 瞬に向けてきた。
氷河の困惑は、至極当然のこと。
突拍子のない質問の言い訳をするように、瞬は、自分が その質問を発することになった経緯を 氷河に説明した。
微笑しながら、瞬がその事情を説明する。
「このあいだ、僕の先生が、アンドロメダ島で修行をしている聖闘士志願者たちに、みんなの夢は何かって訊いたの。ほとんどが『聖衣を手に入れること』って答えて、ちょっとぎすぎすした空気になって――。その時、ジュネさんっていう先輩の女性が『もちろん、恋をすることだよ』って冗談で言ったんだ。ジュネさんは、とっても強くて優しい人なんだよ。それで ぎすぎすした空気が一瞬で崩れて、みんなが笑い出して、どんなタイプが好きかっていう話で盛り上がっちゃったんだ。先生、呆れてたよ。笑いながら。それで、氷河は どんな人が好きなのかなあ……って」

くだらない話をしていると、もしかしたら氷河は思ったのかもしれなかった。ごく短い時間。
彼はすぐに 至って真面目な顔になり、
「死なない人がいい」
と答えてきた。
「弱くても死なない人がいい」
と。
「氷河……」
それを、氷河らしい答えと言っていいのかどうか。
ただ、『死なない人がいい』というのは、氷河の心からの願いなのだろうことは、瞬には 痛いほどわかった。
“理想のタイプ”に『弱くても』の一言をつけるのは、その願いの切実さゆえ。
弱くても、不様に這いつくばってでも生き延びようとする人こそが、氷河の理想の人なのだ。
そこまでの生への執着は、氷河にとっては崇高でさえあるものなのだろう。
氷河の“理想のタイプ”を聞いた瞬は つい、そして なぜか、微笑んでしまっていた。

「それなら、僕もなれそう」
「なってくれ」
微笑した瞬とは対照的に、氷河は にこりともせず、どこまでも真顔である。
真顔で、氷河は同じ質問を、瞬に返してきた。
「おまえは? おまえは どんなタイプが好きなんだ」
「僕は――島のみんなには、そんなの考えたこともないって答えたんだけど――氷河の理想って いいね。“死なない人”。僕もそれにする」
「僕もそれにする――って、理想のタイプというのは、そんなふうに決めていいものなのか」
真面目に答え、真面目に問うた分、瞬の理想のタイプの決め方に、氷河は呆れたのだろう。
少々 気の抜けたような表情を、氷河は 彼はその顔をに浮かべた。
そんな氷河の前で、今度は瞬の方が真面目な顔になる。
「だって、氷河の理想のタイプ、まさに理想なんだもの。だから、氷河。死なないでね」

瞬に そう言われた氷河は、その唇を引き結んで顎を引いた。
それは一見したところでは頷く仕草だったのだが、実は そうではなかったようだった。
「頑張ってはみるが、俺は 時々、自分でも びっくりするほど諦めがいいからな」
自嘲気味に、だが気負った感のない落ち着いた声で、氷河は そう呟いた。
「氷河……」
共に修行してきた仲間の死が、氷河にはかなり こたえたらしい。
そして、仲間の死という経験は、氷河を少なからず変えた――ようだった。
どこがどう変わったとは、瞬には はっきり言うことはできなかったのだが、彼の母に限らず――人は誰でも いつかは死ぬという、ごく当たりまえの事実が、氷河に生の価値と難さを思い知らせることになったのかもしれなかった。

「諦めないで」
「ああ」
自身に言い聞かせるように、氷河は今度は明確に頷いた。
それから、僅かに口許を歪める。
「おまえが ここに来たのは――やはり、俺がおまえをここに呼んだからなんだろうか? だとしたら、俺はおまえを ここに呼ぶべきじゃなかった。俺は おまえに散々――それこそ、これでもかというくらい、俺の弱みを見せてしまった。俺は、おまえの前にクールでかっこいい聖闘士として立ちたかったんだがな」
「氷河、聖闘士になれたのっ !? 」
二人の四度目の出会いを実現させたのは、どうやら そういう事情によるものだったらしい。
氷河は、聖闘士になることができたのだ。

「聖衣をまとう資格は得た。俺に与えられるのは白鳥座の聖衣で、第四期洪積世以来 融けたことのない永久氷壁の中にあるそうだ。好きな時に取り出せと言われた」
「取り出すの、難しいの?」
「いや。一般人には難しいだろうが、聖闘士には容易だ」
「そんな大層なところに しまってあるのって、もしかして泥棒よけなの」
兄弟子の死によって、氷河のこの世界が以前より一層広くなったような気がしていたので――聖衣をまとう資格を得たという氷河の言葉は、瞬の胸に大きな安堵の気持ちを運んできた。
自然に両の肩から力を抜くことになった瞬に、氷河が、
「おまえは」
と問うてくる。
それは本来なら緊張を誘う質問のはずだったのだが、氷河に そう問われた瞬は、肩に力を入れ直すどころか――我知らず 唇がほころんでしまったのである。

「僕のこと、訊いてくれるようになったんだ」
「何があっても、おまえに会いたいから。現実世界でも、おまえを 抱きしめられたらいいと思うんだ」
「明日、サクリファイスに挑む」
瞬が そう答えたのは、氷河の胸の中だった。
「勝算は?」
「氷河に会いたいから、頑張るよ」
絶対の自信があるわけではない。
瞬がサクリファイスに挑む権利を得た時、瞬の師も僅かに心配顔になった。
だが、瞬は、何としても、その危ない賭けに勝利しなければならなかったのである。
兄との約束を守るため。
懐かしい仲間たちに会うため。
世界の平和のために尽くしたいという、幼い頃からの願いを叶えるため。
そして、これ以上 氷河の灰色の世界を広くしてしまわないために。

「実際に会えたら、俺はおまえに何も言えないかもしれない。その時にはまた、ここで おまえに泣きつくことになるかもしれないぞ」
『でも、氷河は いつか、この世界を消してしまわなければならないよ』
瞬は、言葉にして氷河にそう言うことはしなかったが、氷河も それはわかっているようだった。






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