しかし。 『ここで待て』と言われても――俺は ここでどれだけ待っていればいいんだ? はたして奴は 瞬の抵抗に勝てるかどうか。 瞬を連れてこれなかった時、奴は、俺に どう言い訳をするのか。 あるいは何も言わずに、俺を地上世界に戻すのか。 もしかしたら、瞬を連れてこれなかった言い訳もせずに――言い訳をしないために――死ぬまで俺を この世界に留め置くということも考えられるな。 だとしたら俺は、この世界を自力で抜け出す方法を見付けなければならない。 とりあえず、邪神の気配は消えた。 ここに馬鹿みたいに突っ立って邪神の帰りを待っているのも何だし、逃げ道でも探してみるか。 奴の正体がわかるような手掛かりを手に入れることができれば、一石二鳥だしな。 そう考えて、俺は 全く人気のない神殿の中を探ってみることにした。 そこが巨大な神殿の中だということは察しがついていたが、薄闇のせいで神殿の果ては見えない。 いったい この神殿は どれほどの規模の建物なのか――。 いずれ どこかに辿り着けるだろうという当ても全くなかったんだが、とりあえず俺は歩き出した。 俺は、俺が第二の邪神の声を聞いた場所を 何もない広間だと思っていたんだが、実際はそうじゃなかった。 50メートルほど進むと やたらと豪勢な椅子があった。 背もたれや肘掛けに、蛇や猛禽類の翼の彫刻が施された椅子。 何を象徴しているのかは知らないが、到底いい趣味とは言えない。 その脇をすり抜け、更に5メートルほど進むと、俺は石の壁に行く手を阻まれた。 それで俺は気付いたんだ。 ぼんやりとした薄闇のせいで、やたらと だだっ広く感じられる この神殿が、実はさほど――俺が思っていたほどには――大きな神殿ではないことに。 壁の前で、左に90度、方向転換。 やがて柱の間隔が狭くなってきて――俺は その神殿に、部屋が幾つもあることを知ることになった。 試しに、二つ三つ、部屋の中を覗いてみたが、そこに人間(もしくは神、もしくはそれ以外の生き物)が住んでいる様子はなかった。 壁で区切られた、ただの部屋、ただの空間。 本当に何もない。 まるで死の世界に建てられた神殿だ。 でなければ、住人に見捨てられて廃墟になった神殿というところか。 それなら、命の気配が感じられなくても不思議じゃない。 ――と、俺が思った時。 ふいに前方に温かい何かがあることに、俺は気付いた。 温かい何か――命の気配だ。 誰か、命を持った者が この神殿の中にいる。 俺の足は自然に速くなり――そして、俺は、一つの部屋の前に辿り着いた。 両開きになっている青銅のドアを押し開ける。 温かい命の気配。 気配だけでも、命というものは実に魅惑的なものだ。 それは、人の心を惹きつける。 人は、それが俺みたいに真っ当で善良な人間でなくても、絶対の孤独とは相容れないように できているものらしい。 その部屋は、他の部屋と違って、石の壁と柱以外のものがあった。 半透明の布のカーテンが幾重にも重なって 石の壁を隠し、室内から石の神殿特有の冷たさと硬い印象を取り除いている。 部屋には窓があるらしく、どこからか――外から(?)――強弱のある水の音が聞こえる。 部屋から臨める場所に噴水でもあるのか? ここには、水の音や姿を楽しむ心を持った人間、もしくは神がいる? そこは、どう見ても、どう考えても、生きている人間のための部屋で――実際、その部屋には人間がいた。 しかも、俺が知る限りにおいて、最上等の人間が。 |