「いいのか。こんなに大人しくしていて。俺を倒すなら、今のうちだぞ。もうじき俺は、おまえに泣かれても なじられても、おまえを離せなくなる」
俺は瞬を好きだから、瞬の前で嘘はつきたくないし、できる限り誠実な男でいたい。
だから、俺は瞬に そう忠告した。
瞬が身に着けているシャツブラウスのボタンを外しながら。
暗くもなく、明るくもない部屋。
寝具は純白なのに、決して純粋な白ではない瞬の胸の方が白く見える。
俺を信じているから抵抗できない瞬の、指先だけが薔薇色がかった手は、シーツの上に投げ出されたままだ。

「俺はおまえが欲しい。だから、あの得体の知れない声に、おまえを連れて来いと言ったんだ。そうしたら、奴の言う通りにしてもいいと」
ここまでされても、瞬は、俺が仲間に無体をするはずがないと信じている。
だから、俺の手や肩や胸を払いのけることができない。
俺の指は せっかちではないが、のろまでもない。
いいのか。
このまま無抵抗でいると、おまえは俺の前に すべてを さらけ出すことになるぞ。

「氷河が……そんなこと言うはずない……」
瞬が固く目を閉じているのは、俺を信じているからか、俺を見るのが恐いからか。
俺を信じたりするから、こうして俺に全部 見られるようなことになるんだ。
呆れるほど白い身体。
アンドロメダ島は、日中には摂氏50度を超えることもある灼熱の島だと聞いていたが。
以前 訊いた時には、そんな島でも平気で手足を陽光にさらして走り回っていたと、瞬は言っていたのに。

「俺はそう言った――らしいぞ。言わなかったかもしれないが、おまえをここに連れてこれるものなら連れてきてみろと考えはした。そんなことで俺が嘘をついて何になる。おまえは、俺が嘘をついていると思うのか? 俺の言葉を信じない?」
「氷河……」
信じている仲間の裏切りの告白を信じろと強要されても、瞬としては対応に困るだけだろう。
まあ、俺も瞬の返事を期待しているわけじゃないんだが。
瞬の答えはわかっている。
だから、俺は、瞬の知らないことを瞬に知らせ続けてやった。
「戦いばかりが続いて、優雅に恋を仕掛けたり告白したりする時間も余裕もなかった。なのに、その余裕のない戦いの中で、おまえを欲しいと思う俺の心は強くなるばかりで――敵襲がなくて 一人でゆっくり眠れる夜は、俺には地獄だったぞ」
「氷河……」
「おまえが欲しくて たまらないんだ。おまえの身体を手に入れる代わりに アテナを裏切ってもいいと、俺は本気で思った――のかもしれない」

しかし、さっきから俺は、つくづく曖昧なことしか言っていないな。
瞬と交わした言葉なら、一言一句たりとも忘れたりはしないのに、あの自称神の声と話したことは ぼんやりとしか憶えていない。
「ぼ……くは……氷河を信じて……」
「俺を信じている……?」
おまえの こんなところを嬉々として撫でまわしている男を?
健気も、いき過ぎると滑稽だぞ。
にしても、奇跡のような肌触りだ。
やわらかくて、しっとりしていて、湿り気を帯びた上等の絹――いや、例えられるものが思いつかないな。
これは、何かに例えるべきものじゃない。
瞬の肌、瞬の身体だ。

「嫌なら、俺を倒してもいいんだぞ。聖衣がなくても、おまえなら俺を殺せるだろう」
「そ……んなことできない……僕は氷河を信じて――あんっ」
ああ、おまえでも やはり ここは感じるのか。
洩らす声は、少々 可愛らしすぎるようだが。
「俺たちは仲間だから、そんなことはしないと信じて、俺に抗わず、俺を倒そうともせず、あげく、俺に犯されてから、信じた自分が愚かだったと後悔するわけだ」
「あっ……あっ……ああっ」
俺を倒さなくても、この手を払いのけるくらいのことは してもいいんだぞ。
――と言わないのは、ある意味では瞬のため。
そんなことを言ったら、そんなことも思いつけずにいた自分を恥ずかしがって、瞬は泣き出してしまいかねないからな。
「あくまでも“信じる”の一択か。本当に、可愛いな。おまえは」

本当に、腹立たしいほど瞬は可愛い。
おかげで、これまで俺が どれほど苦しい思いを味わわされてきたか。
これまで耐えてきた分、その鬱屈をすべて晴らそうとするかのように、俺は瞬の全身を愛撫し、侵していた。
俺を信じているから、瞬は、俺の愛撫から逃げることもできない。
身体を硬くして耐えることしかできない――いや、“硬くしようとして”か。
こんなに長く、全身の緊張を維持し続けるのは つらいだろうに。

「俺を信じているのなら、こんな石のように身体を強張らせる必要もないだろう。俺を信じていると言ったのは嘘か」
俺は瞬の足指に 手の指を絡ませながら言ってやった。
瞬は本当に全身を――その爪先まで緊張させていた。
髪を撫でてやったら、その感触にすら感じて喘ぎ声を大きくしそうなほど。
「ああ……んっ」
おそらく、朦朧として、思考には霞が かかり始めているはず。
それでも俺の言葉の意味は理解したらしく、瞬は俺を信じていることを証明するために、やっと身体から力を抜いた。
誰かを信じたら、その誰かも信頼を返してくれると、瞬は信じている。
だから、そうやって 俺の前で無防備に緊張を解いてみせるんだ。
卑怯な俺は、ここぞとばかりに更に愛撫を深めるだけなのに。






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