「ああ……!」
瞬の声には涙が混じっている。
ここまできたら、途中でやめられる方が 瞬には苦しいだろう。
勝手な理屈をこじつけて、俺は瞬の身体を開かせた。
瞬の身体は熱を帯び、まるで愛撫の先にあるものを待っているようだった。
――いや、途中でやめるのがつらくなっていたのは――より つらくなっていたのは、俺の方だった。
もうやめるのは無理だ。
瞬。すべては、おまえが人を信じすぎるのが悪いんだ。
「おまえを取って食らおうとわけじゃないからな、瞬」
これが自分の声かと思うほど かすれ上擦った声で、瞬の耳元に そう囁き――俺は、折り曲げ広げた瞬の中に入っていった。

「……っ!」
ほとんど身体の緊張を放棄していた瞬が、身体を石のように硬くする。
一瞬、瞬の四肢は 本当に指先まで石になってしまったのではないかと、俺は思った。
なのに――まるで俺を待ちかねていたように 瞬の中の肉は俺を優しく受け入れた。
俺に絡みつき、なまめかしい蠕動で俺を奥に誘い入れ、絡みつき、俺を離すまいとする。
瞬の意思に逆らって そうなのか、それとも俺の執拗な愛撫に屈服して そうなったのか。
どちらにしても――いい。瞬の中は。
もちろん外側も申し分のないものだったが、中は それ以上だ。
身体の作りは華奢だが、鍛えてあるからな。
弾力があって、柔軟で、力強く――こんな言い方が適切かどうかは わからないが、若々しく新鮮で生き生きとしていて、それが俺を捕えて逃がすまいとする。
瞬の中に入った瞬間、俺が最初に形作った思考は、『いくのが もったいない』だった。
ずっと、この中にいたい。
それこそ、死ぬまで瞬と つながっていたいと、半ば以上 本気で、俺は願った。

「こんなことをされても、おまえは俺を信じるのか」
まるで揶揄するように俺が瞬に そう言ったのは、果てる時を先延ばしにするためだったろう。
どこかに気を散らしていないと、俺は情けないくらい早く終わらせられてしまう。
それを危惧したから。
「僕……は、信じてるから。氷河が僕にこんな……こと……するなら、それは氷河が僕を好きでいてくれるからで、アテナや仲間を裏切るためじゃな……ああっ」
俺に犯され、身体を揺さぶられ、胸も身体も大きく上下させ、身体の奥では俺をさっさと果てさせようとしながら、そんなことを言うとは――言うことができるとは、さすがは瞬と思うべきなのか。
一応、ちゃんと意味の通じる文章になっている。
瞬には、まだ 思考を組み立てられるだけの理性が残っているらしい。
「あっ……あっ……ああ……!」

だが、その理性と思考力、いつまでもつか。
瞬は、今の自分の状態がわかっているんだろうか。
俺が驚くくらい、滅茶苦茶 感じている――ように見えるんだが。
「だとしても、普通は――」
「だ……だとしたら、僕が氷河に何をされても……僕も氷河を好きでいるなら、なにも……あっ……い……やっ」
おまえも俺を好きでいるのなら 何も問題はないと、おまえは言うつもりか?
俺を信じるために、俺が罪を犯していないことにするために、おまえが傷付けられているのではないことにするために、おまえは俺を好きになることにしたのか?

「ぼく……は、氷河を好きで、氷河……は、それ知ってて、だから、ひょ……がは こんなことできるの……んっ」
「あくまで“信じる”の一択か」
そう。
おまえが俺を嫌っていないことを、俺は知ってる。
おまえは大抵の人間を好きだからな。
素直で優しい、いい子の瞬。
そういうことになっている瞬。
誰もが、瞬を そういう人間だと思っている。
だが――これは むしろ、頑固頑迷というべきなんじゃないか?

瞬は、無条件に 人を信じているわけじゃない。
信じると決めて、極めて意思的に 瞬は人を信じる――信じようとするんだ。
俺にこんなことをされても。
可愛いやら、憎らしいやら。
瞬が信じているのが俺だけだったら、俺は こんなふうに苛立たないのに。
瞬が信じているのが、せめて 命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間たちだけだったなら、瞬の そういう習性を許せなくもないのに。
……苛立っているのか、俺は。
瞬が、誰をも――俺以外の人間をも、俺に対するのと同じように信じることに?
ああ。そうなのかもしれないな。

「少し乱暴に突くぞ。痛くても泣くな」
優しく絡みついて 俺を誘う瞬から逃げるように、俺は俺の意思と力で 更に奥に押し入った。
「あああああっ!」
瞬の身体が大きく のけぞる。
俺に両足を抱え上げられ、瞬は ほとんど頭と肩しか地に着いていない――寝台に接していない。
瞬の身体は ほとんど宙に浮いている。
それまで俺を翻弄していた瞬も、俺に主導権を奪われると、さすがに言葉らしい言葉も口にできなくなったようだった。
俺に突かれるたび、間歇的に かすれた悲鳴が幾度も 瞬の喉の奥から洩れてくる。
いや、かすれてはいないか。
細く頼りないが、瞬の喘ぎは濡れている。
声だけじゃなく――痛くても泣くなと言ったのに、閉じられた瞬の目尻からは涙が にじみ流れていた。

瞬は、痛みを痛みと思わないほど痛みに慣れているはずだ。
当然、瞬は 痛いから泣いているのではないだろう。
瞬は、二人が交わり一つになっていることに感じて、感極まって泣いているんだと思った俺は、傲慢で身勝手だ。
それは正しく強姦者の理屈だ。
だが、そう思うのが自然なことに感じられるほど、瞬は俺に吸いつき、絡みついてきて――突くのは容易だったが、突くために退くのが困難だった。
瞬の真情がどうなのかは知りようもないが、瞬の身体は 間違いなく俺を好きでいる。
そう思うのも、やはり俺の身勝手な理屈か。

「あっ……ああ、い……や、もう やめて……いや……ああ」
「もう一度、いやと言ったら、すぐやめてやる」
俺の言葉を理解する力が残っているようには見えなかったのに、俺に そう言われた途端、瞬は 噛みしめるように きつく唇を引き結んだ。
どう見ても、もう一度『いや』と言ってしまわないために。
素直で正直なのにも ほどがあるだろう。
瞬は、本当にすべてが可愛い。
何もかもが いい。
終わらせたくない。
終わらせたくないと心底から思うのに――いや、“全身で思う”と言う方が より正確か――それは無理な話だった。

瞬が、絶妙の熱とやわらかさと強さで、それを誘う。
俺は『いや』とは二度と言わなかった瞬に負けたのか、それとも『いや』と言わせなかった俺の勝ちなのか。
多分、前者なんだろうな。
瞬に いかされてたまるかと、その時は俺自身が決めるのだと意地になったように 瞬の身体を攻めたあげくに、俺は果てたんだから。
終わっても 離れ難くて、瞬に無理な態勢を強いたまま、俺は しばらく瞬の中に留まっていたが。

そのまま瞬の中にい続けたら、俺はまた昂ぶってくる。
まもなく そう気付いて、俺は慌てて、だが しぶしぶ、瞬から離れた。
「泣くなと言ったのに」
気まずさが、俺に、そんな身勝手な言葉を吐かせる。
そう言ったあとで、俺は、瞬が いつのまにか意識を手放していたことに気付いた。
中は目覚めてるのに――まだ いくらでも俺を喜ばせてやれると言わんばかりに うごめいているのに。
瞬の意思と心と身体は かなり統一性と同期性を欠いている。
俺も、あまり偉そうなことは言えたものじゃないんだが。
唐突に念願が叶って夢中になり、俺は加減を忘れていた。
これが城戸邸か 聖域のどこかだったなら、この行為を人に知られることを気にして、俺も ここまで好き勝手なことはできなかっただろうに。
かわいそうな瞬。
俺を信じたばかりに、瞬はこんなひどい目に合ったんだ。

青白い瞼。
髪が乱れて頬にかかり、それが瞬を ひどく憔悴しているように見せる。
その様は 呆れるほど なまめかしいのに、瞬の印象はどこまでも清楚。
瞬は不思議なくらい、子供の頃から変わっていない。
四肢から完全に力が失われている瞬の身体を、俺は もう一度 抱きしめた。
そうして 初めて まともに罪悪感に囚われ、俺は唇を噛みしめた。
いや、俺が罪悪感に囚われたのは、俺に抱きしめられて意識を取り戻した瞬が、それでも俺を信じている目で、俺を見詰めてきたからだった。

俺には こんな無体をしなければならない深い事情があったのだと、あるいはすべては愛から出たことだと――俺のそんな言い訳を、瞬は待っているようだった。
おそらく、それは嘘でも こじつけでもいいんだ。
何か この暴力を正当化する理屈をこじつけ 謝罪すれば、それが どれほど荒唐無稽な嘘でも、瞬は俺の言葉を信じて、俺を許す。
それは わかっているのに、俺は嘘をつけないんだ。
瞬の前では。

身体を起こすこともできず、寝台に身体を横たえたまま、その瞳だけで、瞬は『早く、その言葉を』と俺に せがんでくる。
俺は、だが、瞬の望むものを 瞬に与えてやることはできなかった。
「ガキの頃、俺をマーガレットの花で騙したことを憶えているか」
告げる言葉に窮した俺が、唐突に そんなことを言い出したのは何のためだったのか。
瞬に、その言葉を告げた時には、俺自身にも その訳がわかっていなかった。






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